第二十九話 帰還の朝

 風呂に入って、部屋に戻って、気がつけばいつの間にか朝になっていた。

 窓のカーテンから入ってくる朝日のまぶしさと、食事をしているミフィーとカレンの声に促されるように、シュリはパチっと目を開けた。


 ぐるりと頭を巡らせてみると、テーブルで美女2人が朝食の真っ最中。

 じーっと見ていると、先に気づいたのはカレンだった。

 彼女はシュリの視線に気づき、そっと彼を見つめ返した後、かすかに頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。その様は見事なまでに恋する乙女である。



 「ミフィー、シュリ君が起きましたよ?」


 「ほんと?カレン」



 言いながら振り向いたミフィーが、ぱっちりとおめめを開けた息子を認めてにっこりと笑う。



 (うーん。我が母親ながら、目が覚めるような美人だな~。カレンも綺麗だけど)



 そんな事を考えながら、いつの間にか名前を呼び捨てで呼び合うようになった2人をニコニコしながら眺めた。

 もうほとんど食事も終わっていたのか、近づいてきたミフィーに抱き上げられ頬をすり寄せられる。

 そしてそのままシュリのお食事タイムとなった。



 「今日もこれから長い時間移動するから、いっぱい飲んでおいてね?」



 ミフィーのおっぱいをチュウチュウ吸いながら、シュリは母親の話に耳をすませる。

 今日はこの後、再びカレンの馬に同乗させて貰ってアズベルグに向かうのだ。

 恐らく長時間の移動となる。ミフィーの体調は大丈夫だろうか、と様子をうかがうように母の顔を見上げた。



 「ん?どうしたの、シュリ」



 こちらを見ながら微笑んでいるその顔は、思いの外元気そうに見えた。

 目の下のクマも、思っていたより薄くなっている。

 ここでしっかり食事をとり、風呂に入り、ゆっくり眠れたことが効いたのだろう。

 昨晩、眠るミフィーに決死の覚悟でベロチューをし、[癒しの体液]を飲ませておいたのも、ちょっとは効果があったのかもしれないが。

 とにかく、ミフィーは心配していたよりずっと元気そうだ。そのことが純粋に嬉しかった。



 「ミフィー、私は先に下に行ってます。準備が出来たら降りてきて下さいね?」



 そう言って、すっかり準備万端に皮鎧まで着込んだカレンはミフィーとシュリに微笑みかけ、颯爽と部屋を出ていった。

 ミフィーはそんなカレンを見送ってから、



 「さぁて、じゃあ私達も出発の準備をしましょ?」



 そう言ってシュリに微笑みかけた。

 シュリも、まあそんなに準備することも無いけどーなどと思いつつも、張り切る母親に可愛らしい笑顔を見せるのだった。








 「カイゼル様、出立の準備が整っています」



 部屋に入ってきたジャンバルノの言葉に、カイゼルは鷹揚に頷く。



 「伝令の早馬は出してくれたか?」


 「はい。ジュディスへ受け入れの準備の連絡と、それから奥様へ簡単な報告をしておくよう、申し伝えました」


 「すまんな。助かる」



 カイゼルはジャンバルノの肩をぽんと叩き、部屋を出て階下へと向かう。

 ジョゼの腕は、再び氷結の魔法をかけてから大切に運ぶよう、言いつけてある。

 アズベルグに帰ったら、きちんと葬ってやるつもりだった。


 そんな事を考えたら、ふと年老いた父と母の顔が脳裏に浮かんだ。

 2人の事を思うと、何ともやるせない思いでいっぱいになる。


 今回のジョゼの帰還はまだ彼らに知らせてはいなかったが、このまま隠して埋葬してしまう訳にもいかないだろう。

 ジョゼの妻のミフィーと忘れ形見のシュリの事もある。

 いつまでも隠しておけることではないし、どうあっても伝えないわけにはいかない。辛い、報告になるだろうが。


 昔は意地を張り合い、ジョゼに対して素直になれなかった父母だが、最近はずいぶんと丸くなり、長く別れたままの次男のことを気かける様子も見えてきていた。

 ジョゼが無事にアズベルグを訪れることが出来ていたら、きっと和解出来ていたことだろう。

 それが実現できなかった事が何とも口惜しく、切なかった。



 「盗賊どもの、足取りは?」


 「追わせていますが、手がかりが少なく」


 「引き続き、追い続けろ。決して逃がすな」


 「はっ」



 乗り合い馬車を襲い、ジョゼを殺した盗賊どもを逃がすつもりはなかった。

 どれだけの時間がかかろうと、追いつめてやる。ただ1人の、大切な弟を殺されたのだから。


 宿の外にでると、兵士達はもう出立の準備を終え、カイゼルを待っていた。

 その中に混じって立っているミフィーとその腕の中のシュリの姿が目に入り、カイゼルは思わず相好を崩す。



 「ミフィー殿、おはよう。シュリ坊も元気そうだな」


 「おはようございます。カレンも色々手伝ってくれましたし、おかげさまでゆっくり休めました。ありがとうございます」



 ミフィーの礼の言葉に穏やかに頷きながら、カイゼルはシュリの柔らかな髪を撫でる。

 そんな優しい仕草を、ミフィーは嬉しそうに眺め、



 「抱っこしてみますか?」



 言いながら、シュリをカイゼルの腕へ預ける。

 カイゼルは頬をゆるめて小さな甥っ子を受け取ると、その整った顔をまじまじと見つめ、



 「きれいな顔だ。顔立ちは、それほどジョゼに似ておらんな」



 そんな素直な感想を漏らす。



 「顔は私に似たみたいで」


 「ふむ。確かに顔立ちはミフィー殿譲りだな。髪の色も。だが、目は弟の色だ」


 「ええ。ジョゼの色です」


 「きっと美しい少年になるな。女が放っておかないような。今から、楽しみだ」



 言いながら、カイゼルはミフィーの腕へシュリを返す。

 そしてそのまま彼女の瞳をのぞき込んだ。



 「ジョゼの代わりにはならんだろうが、わしにも見守らせてくれると有り難い。可愛い、甥っ子だからな。詳しい話はまた、アズベルグに戻ったら話しあおう」


 「えっと。はい、わかりました」



 頷いたミフィーに微笑みかけ、カイゼルは馬上の人となる。

 続いて馬にまたがったジャンバルノが、大きな声で号令をかける。



 「よし、全員騎乗!出発するぞ」



 号令に促され、兵士達がそれぞれ自分の馬に跨がっていく。

 カレンもひらりと馬に乗り、ミフィーへと手を差し出した。



 「さあ、ミフィー。今日も頑張りましょう」


 「ええ、カレン。ありがとう」



 カレンの手を取り、ミフィーもまた馬上へ。シュリを片腕に抱えたままだから、ほぼカレンの力で引き上げて貰うような状況ではあったが。


 そして一行はアズベルグへ向かって進行を始める。

 カイゼルとジャンバルノを先頭に、カレンの馬に同乗したミフィーとシュリを真ん中に挟んで守るようにしながら。


 もうすぐ、旅の目的地・アズベルグへ到着する。

 出発するときは3人だった。

 父と母とシュリと、家族3人で小さいけれど心地のいい我が家を後にした。


 だが、今は2人。

 これからは、ミフィーとシュリ、2人で生きていく。

 それがどんな生活になるかはわからない。

 だが、シュリは心に決めていた。

 何があってもミフィーを守る。そして、二度と大切な人を失う事が無いように強くなろう、と。

 シュリの初めての旅の終わりが、近づいてきていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る