第十話 生き抜く為に②
ミフィーの容態は峠を越えたようだ。
さすがの治癒スキルも、足りない血液の補充は出来なかったようで、まだ顔色は青白いままだが、それでも呼吸は安定している、と思う。
だが、まだ目を覚ます様子は無く、シュリは途方に暮れる。
ここにこのまま居て、果たして助けは来るのだろうか。もし助けが来るにしても、どれくらいで来てくれるのか。
盗賊達が洗いざらい荷物を奪っていったせいで、この馬車には何も残っていない。食料も、武器もだ。
そんな状態で無力な女と赤ん坊がどれだけ生きていけるだろう。時間の猶予はそれ程無いと考えた方がいい。
シュリは考える。
だがすぐにいい考えが思い浮かぶわけもなく、とりあえず馬車の中や周囲を探索する事にした。
出来れば、ここでじっとしていたかったが。
馬車の中はもちろん、馬車の周囲も死んだ人達でいっぱいだ。
シュリにはまだ、それを目の当たりにする覚悟が無かった。
今だって、周りを見回せば、死んだ人達が目に入ってくる。
彼らを見回し、シュリは躊躇する。だが、想像してみてほしい。
1歳児のシュリに可能な移動手段はハイハイなのだ。
つかまり立ちはかろうじて出来るが、つかまり歩きはまだ心許ない。
と言うことは、周囲を探索するためには、四つん這いで亡くなった人達の身体を乗り越えて行かなくてはならないということだ。
その死に顔を間近に見ながら進まなければならない。
想像するだけでも気が滅入ってきた。だが、このままじっとしていて事態が動くはずもない。
ミフィーは動けないのだ。
なら、自分がなんとかするしかないではないか。
そんな1歳児とは思えない思考で決意を固め、シュリはそろそろと動き始める。
まずは母の身体を乗り越え、座席の下への移動を試みる。
お腹は空いていたが、母の胸に吸いつくのはやめておいた。
今飲んでも、もしかしたら全部吐き出してしまうかもしれなかったから。
ミフィーのスカートにしがみつきながら、なんとか床へ着地する。
ほっと息をつき、通路の方へ顔を向けた。
通路にも、何人かの人が倒れたまま動かなくなっていた。
みんな知ってる顔だ。シュリを可愛がってくれた人達。
彼らに近づくのは怖かった。
優しくして貰ったのに、死んでる彼らを間近に見るのは恐ろしくて仕方がない。
だが、進まなければ馬車の外へは出られない。
シュリは唇を噛みしめて、少しずつ前へ進んだ。
亡くなった人の身体で通路がふさがれ、その身体を乗り越えて、さらに前へ。
冷たくなった身体は、生きていた頃と全く違った感触で、どうにもならない吐き気がこみ上げてくる。
だが、彼らの上で吐くことだけは出来ないと、シュリは吐き気を飲み込みながら進んだ。
涙が、独りでにこぼれた。
吐き気を無理にこらえているせいで泣いているのか、悲しいから泣いているのか、自分でもよくわからないが、涙は次から次へぼろぼろとこぼれてくる。
泣きながら、それでも必死に前へ進み、やっと馬車の出入り口へたどり着く。
馬車から降りるには、段を2段降りねばならず、シュリは段にしがみつくようにして足から降りていった。
危なっかしくはあったが、なんとか怪我をすることもなく馬車の外に出られたのは行幸だった。
ゆっくりと、周囲を見回す。
馬車の周りも、ひどい状態だった。
たくさんの人が血を流して倒れていた。
みんなぴくりとも動かない。死んでいるのだ。
シュリは、倒れている人を一人一人確かめながら進んだ。
知っている人も、知らない人もいた。
知らない人は、おそらく馬車を襲ってきた盗賊団の人達だろう。
7人目で、ジョゼを見つけた。
彼はうつ伏せに倒れ、顔を横に向けていた。
身体が血塗れだった。矢が刺さり、切り傷もたくさんある。
すごく、頑張ってくれたのだ。
シュリとミフィーを守るために。
傷だらけになって、それでも頑張ってくれた。
シュリは手を伸ばし、ジョゼの頬にぺとりと触れた。
その顔はもうすっかり冷たく、そして固くなってしまっていた。
うっすらと開いたままの瞳をのぞき込む。
だが、その目がシュリを見つめてくれることはもう2度とない。
ジョゼの頭を抱きしめて、その頭頂に頬を寄せる。
涙が、こぼれた。どうしようもなく悲しくて。
声を立てずに、シュリは泣いた。ただ、父の事を思って。
少しずつ日が落ちてきた。もうすぐ、夜が来る。
シュリはジョゼの頭からそっと離れ、手を伸ばして彼の瞼を閉ざす。
(ジョゼ……父様。母様は僕がきっと守ります。だから、安心して休んで下さい)
心の中でそう父に話しかけ、シュリは改めて周囲を見回した。
当面の優先事項は食料と水の確保だろう。
シュリはミフィーの母乳を吸えばいいが、ミフィーには何かを食べさせないといけない。
ただでさえ、今の彼女は血が足りない状態なのだから。
そんな事を考えながら、再び周囲を見回す。今度は、さっきより注意深く。
そんなシュリの目に、食料になりそうな物が飛び込んできた。
馬車のすぐ側に倒れている大きな生き物。馬だ。馬の肉ならきっと食べられるだろう。
火がないから生で食べることになるが、仕方がない。
あっちの世界には馬刺という料理があるくらいだから、生でもなんとかなるだろう。
(でも、刃物が無いと、肉を切り取れないな)
そんな事を考えながら、再び周囲を見る。だが、めぼしい刃物類は盗賊達が持ち去ってしまったようだ。
シュリは肩を落とし、だがとりあえず馬の死体の近くへ行ってみた。
周囲に矢が数本落ちていたので、まずはそれを手に持ってみる。
馬の顔の近くは流石に怖かったので、その身体になんとかよじ登り、馬の腰のあたりに身体を落ち着け、矢を振り下ろしてみた。
矢は、ほんのちょっぴり馬の毛皮に食い込んだ。
だが、それだけだ。1歳児の力ではどうにもならない。
しかし、あきらめきれずに何度か矢を振り下ろしていると不意に、
・LV2にレベルがUPしました!
頭の中にそんな表示。
・力と精神力がGランクに到達しました!
・HP、MPが5ポイントUP。HP、MPが全快しました
そして更に続いてそんな表示が流れた。
どうやら馬の肉を確保しようと奮闘したことによってLVが上がったらしい。
今の表示の通りだと、今までよりも力と精神力がUPしたようだ。
HP、MPもUPして、その上全快したらしい。確かに、さっきより身体が軽くなっていた。
(力が上がったなら、さっきより刺さるかな?)
試しに軽く、矢を振り下ろしてみた。今度はさっくり突き刺さる。
そのまましばらく試行錯誤し、時間はかかったが一握りの馬の肉を手に入れることが出来た。
ふー、と額を拭う。疲れはしたが、それでも食料は手に入れた。
・スキル[解体]初級を取得しました!
また、新たなスキルを身につける事が出来たらしい。
しかし、ここにきて新しいスキルを入手しまくりだなと思う。スキルとは、こんなに簡単に手に入るものなのだろうか?
そんな事を考えつつ、馬の肉をベビー服の中へつっこむ。手に持ってるとハイハイ出来ないからだ。
とりあえず、スキルやステータスに関する検証は後回しにする。
今はゆっくり検証している暇はない。
(後はとりあえず水かぁ)
どこかへ水くみに行くのはなしだ。
どこにみず場があるかわからないし、ハイハイしている今の状況じゃ水をくんで持ってくる事が出来ない。
水を出せる魔法とかを使えれば話は早いが、きっと魔法はそんなに簡単に使えるようになるようなものじゃないだろう。
うーん、うーんと考えていると、御者台にもたれるように死んでいる御者のおじさんの姿が目に入った。
(そういえば、おじさん、水筒みたいなの持ってなかったっけ?)
御者台は暑いから、水を容器に入れて持っているとかなんとか、ジョゼやミフィーとそんな話をおじさんがしていたような気がする。
シュリは馬の身体を足場にして、どうにかこうにか御者台によじ登った。
おじさんの近くに行ってみると、腰の辺りにそれらしい皮袋がくくりつけられているのが見えた。
口の部分から水がこぼれないようにしっかり栓がされている。恐らく、これが水袋だろう。
(おじさん、ごめんね。水、貰っていくよ?)
心の中でおじさんに話しかけ謝罪し彼の腰から水袋を外すと、勢いをつけて馬車の中へと放り込んだ。
持ったままでは、どうやっても移動できそうに無かったから。
それから御者台と馬車の中を遮る幌の下をくぐって、シュリも馬車の中へと滑り込む。
結構な高低差だったが、なんとか怪我をせずに転がり落ちる事が出来た。
後は、水袋を引きずりながら、少しずつ進んだ。
ミフィーは大丈夫だろうか?傷が悪化したりしてないだろうか?
そう考えはじめるとどんどん不安になってきて、シュリは懸命に前に進んだ。
そうしてやっとミフィーの元へたどり着き、床に垂れ下がったスカートをよじ登って再び彼女の上へ。
さっき抜け出した彼女の腕の中へと戻り、その温もりと生きてる人間の柔らかさを感じて、涙が出るくらいほっとした。呼吸も安定しいる。
一応、もう一度傷口を舐めておいた。
それからステータスを呼び出して、取り急ぎ癒しの体液の所を読んでおく。
・[癒しの体液]
傷口等に直接体液を触れさせることによって癒しの効果を得る事が出来る。
他人に飲ませれば、飲んだ者の体力も少し回復する。
常時発動。
種類は問わずどの体液でも効果は得られる。
体液が当人から離れ、24時間を経過すると効果は失われる。効果は小。
ふむふむ。どうやら、飲ませることでも効果が得られるようだ。
シュリは服の中に入れて持ってきた、馬の肉の塊を取り出してしゃぶった。
歯が無いから噛めないし、あまりおいしくないが、仕方ない。
肉に残っていた馬の血と、自分の唾液を口の中に溜めてから、ミフィーの唇へ自分の唇を押し当てる。
舌先でなんとか彼女の唇に隙間を作り、治癒の体液を送り込んでみた。
(ミフィー、まずいかもしれないけど、頑張って飲んでね?)
心の中で話しかけながら、口の中の唾液を全て彼女の口に流し込むと、すぐに彼女の喉がこくりと動いた。
それを確認して、シュリは同じ事を何度か繰り返す。
本当は水があれば良かったが、流石に水袋をここまで持ち上げることは出来ず、座席の下に放置してある。
ミフィーが起きたら、そこに水があることを教えて上げればいいだろう。
それから更に何度か馬のエキスと唾液を混ぜ合わせてミフィーに与えたが、流石に口の中がからからになってきた。
シュリは一旦ミフィーの顔から離れて、彼女の服の中へ潜り込む。
もぞもぞと暗闇の中を手探りで動き回り、なんとかミフィーの乳首を見つけると、勢いよく吸いついた。
温かい、ほっとする味が口の中いっぱいに広がる。
気を失ってはいても母乳の出には影響が無かったようで、飲む時間が空いていたこともあり、母乳はとても良く出てシュリの腹を満たしてくれた。
満腹になり、でも何だか口寂しくてミフィーの乳首をしゃぶっていたシュリの頭に、ふとあるアイデアが浮かんだ。
(そうだ!!水がなければ母乳を飲めばいい!)
と。
母乳は栄養があるし、同時に水分もとれる。
ミフィーが作ったものをミフィーに飲ませるのはどうだろうとは思うが、今はそれしか無いのだ。
シュリは再び猛然とミフィーの乳首に吸いつき、口の中いっぱいに母乳を吸い出した。
そして口をハムスターのように膨らませたまま、慎重に移動して今度は母の口元へ。
そしてさっきまでと同じように口移しで、彼女に母乳を飲ませた。
ミフィーが嫌がらず飲むことを確認してから、シュリは頑張って何回かおっぱいと唇を往復した。
しかし、流石に体力の限界を感じ、今度はミフィーの乳首に吸いついたまま、意識を失うように眠りに落ちたのだった。
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