第十一話 生き抜く為に③

 次に目が覚めたのはすっかり暗くなってからだった。

 ミフィーの服の中からもそもそと這いだして周囲の様子を伺ったが、暗くて何が何だか分からない。


 ミフィーはまだ意識を取り戻していなかった。

 念の為に呼吸が安定していることを確認し、周囲の気配を探る。

 馬車の外で、何か音がしていた。

 何というか、食べ物を咀嚼しているような、そんな音が。

 外を見て確認したいような気持ちにかられるが、幌に所々空いている窓の位置はシュリにとっては高すぎた。

 どう頑張っても覗けそうにない。


 仕方がないので幌に耳を当て、耳をすませた。

 ぴちゃぴちゃと何かを舐めすする様な音や肉を噛む音に混じって、時々骨をかみ砕くような音も聞こえてくる。

 馬車の外には明らかに何か生き物がいるのだ。

 人間の死体をむさぼる、牙を持った何かが。


 ふと、外にいるジョゼのことを思って、何とも言えない気持ちになった。

 彼の遺体が蹂躙されるのは嫌だった。

 だが、自分が行っても何も出来ない。それどころか、危険を引き寄せるだけだと言うことはよく分かっていた。

 だから、動くことはできなかった。



 (せめて外にどれだけの敵がいるか分かればな~。分かっても何が出来るわけでも無いんだろうけど)



 そんな事を思いながら、索敵系のスキルがあればいいのになぁと何気なく考える。

 その瞬間、



 ・スキル[レーダー]を取得しました。



 いとも簡単にそんなスキルが手に入る。

 なんなんだ、この簡単仕様はーそう思わないでもないが、深く考えることはやめ、新たなスキルが手には入ったことを素直に喜ぶことにした。

 早速ステータス画面で確認してみる。


・[レーダー]

  自分を含め、周囲にいる者の位置を把握できる。

  自分の色は青い点で記される。

  他に、味方ないしは危険度の少ない存在は緑、敵ないしは危険度のある存在を黄色、こちらの居場所を把握した完全敵対者を赤色で表示する。

  表示範囲は調整可能。


 とあった。

 とりあえず、レーダーを発動してみる。

 発動の仕方が分からなかったので、頭の中でレーダーと考えてみた。

 どうやら、それで正解だったようで薄緑色の円盤が浮かび上がる。


 まずは自分を示す青い点を探すと、その側に緑色の点が一つ。多分これがミフィーを表す点なのだろう。

 周囲には黄色の点が散らばっている。数えてみると、黄色い点は7つほど。

 赤い点は無いので、まだこちらには気づかれていないようだ。


 ほっと息を付いたのもつかの間、黄色い点の中の一つが青と緑の点の方へ向かって来るのが分かった。

 それと同時に、馬車の入り口の方から物音が聞こえる。


 シュリはあわててミフィーの上に体を伏せた。

 どくどくと鳴る心臓の音が聞こえるようだった。


 少し離れた場所で、獣が食事をはじめたようだ。

 肉が食いちぎられ、かみ砕かれる生々しい音が聞こえてくる。


 ミフィーの胸にぎゅーっとしがみついたまま、シュリは頭を巡らせた。

 あの獣はいずれ奥の方へもやってくる。

 その前にお腹がいっぱいになっていなくなる可能性も無いではないが、こちらに来ると考えておいた方がいいだろう。

 ではどうするか。



 (えーっと、とりあえずは[死んだふり]スキルを発動しておこうか)



 ミフィーにぴたっとくっついたまま、発動を意識する。

 発動してるかどうか確認できないのが不安だが、これで発動できているはずだ。


 使えるスキルがあまりないから、こうしてじっとしてるしか出来ないが何だか不安だった。

 何しろ相手は死肉をあさりに来てるのだ。死んだふりをして死体と錯覚させても、食べられることは防げないかもしれない。

 もっと相手に認識されないようなスキルがあれば良かったけどーそんな事を考えていると、



 ・スキル[道端の雑草]を取得しました!



 いつものやつがやってきた。

 なんかもう、何でもありだなーそう思いながら、急いでスキルを確認する。


・[道端の雑草]

  言葉の通りである。

  このスキルを発動すると、相手は当人と当人に接触している者を道端の雑草と同程度にしか認識しなくなる。

  スキルの発動を意識すると発動する。

  解除を意識する又は大きな動きで解除される。


 発動条件とか細かいところはスキル[死んだふり]と同じ様だ。

 シュリは早速新たなスキルを発動させた。

 相手が現れて何かが起こっても対処できるように、頭を通路の方へ向けて、ミフィーの太股の辺りに張り付いた状態で。

 これなら通路の様子が少しは見える。


 むっちりした太股にしがみついたまま、ただ時間が過ぎるのを待った。もちろんレーダーをしっかりと確認しながら。

 馬車の中の獣はゆっくりと奥へ向かって動き出したようだった。黄色い点が、シュリを示す青い点へと近づいてくる。



 (動かなきゃいいんだから、目は開けていても平気、だよな?)



 そんな事を考えながらじっと待った。一応雑草、雑草と頭の中で唱えておく。

 まず最初に見えたのは尖った鼻面だった。次いで目や耳の辺りも見えてくる。

 見た感じ、狼系の獣の様に見えた。


 魔物かどうかはよく分からない。

 まあ、ここが魔物が普通にいる世界なのかもまだ良く分かっていないのだが。

 だが、エルフがいる世界なのだから、魔物も普通にいるだろう。

 この獣も、狼によく似た魔物なのかもしれない。


 しかし、今のシュリにしてみれば魔物でも獣でも、危険度はそう大差ない。

 どっちにしても見つかってしまえば、あっという間に美味しく頂かれてしまうことだろう。

 それだけは、何としても避けなければならなかった。


 すぐ真横を、獣が通りすぎていく。

 時々周囲の匂いをかぎながら。不意にその目がこっちを見た。

 どきっとしたが、動くのは何とか我慢できた。


 目線だけで、レーダーを確認する。

 光点は黄色のまま。赤くはなっていない。

 ということは、[道端の雑草]スキルはきちんと発動しているということだ。

 相手はこちらを認識していない。


 ほっと息をつく。

 だが、気は抜かずにじっと相手が馬車から出て行くのを待った。

 幸いな事に、奴は目の前で食事を始めることなかった。

 代わりに、遺体を一つ、持ち帰る事にしたようだ。

 奴に目を付けられた遺体が引きずられ、馬車の外へと消えていく。


 それでもシュリは油断せず、レーダーをにらみ続けた。

 だが、それ以上獣が馬車に乗り込んで来ることはなく、黄色い光点は少しずつ遠ざかって行き、やがては消えた。


 ふーっと息を吐き出し、だがレーダーを発動したままその範囲を少し広げてみた。

 黄色い光点が去っていく方向とは別の方に、何カ所か緑の点が集まっている場所がある。

 その緑の点が確実に安全かは分からないが、明日はそれのどれかに向かって移動した方がいいだろう。


 ここにこのまま留まるのは良くない。

 恐らく明日の夜も、獣達がやってくるに違いないし、他の何かに襲われないとも限らないからだ。

 シュリだけで移動するわけにはいかないから、ミフィー次第になるとは思うが。


 だが、ぼちぼちミフィーにも起きて貰わないと、大惨事になりかねない。

 事実問題、シュリのおむつの中は結構な事になっている。

 ミフィーが気を失って半日程。そろそろ色々な生理現象も限界が近づいて来るはずだ。



 (お漏らしをする前に、何とか起きてくれるといいけど……)



 そんな心配をしつつ、ミフィーの胸に張り付きなおす。

 念の為、もう一度頭の中で「雑草」と唱えてから、シュリは再び目を閉じた。

 もうこれ以上の襲撃者が来ない様に祈りつつ。







・シュリナスカ・ルバーノ(男)(1歳)

 ・人族(クォーターエルフ)

 ・LV:1→2

 ・HP:10→15

 ・MP:5→10

 ・力:G

 ・精神力:G

 ・魔法:なし

 ・スキル

  [人族の言葉][死んだふり][癒しの体液][解体・初級][レーダー][道端の雑草]


 ・ユニークスキル

  [年上キラー]


 ・称号

  [両性をそなえし者][世界の境界を越えし者]



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