第八話 襲撃

 馬車の旅は順調だった。

 途中によった村々で客を拾い、最初はがらがらだった馬車の座席もほぼ埋まっていた。


 特にトラブルもなく、予定より少し早く目的地に着くかもと御者の男も嬉しそうに話していた。

 彼の家はアズベルグにあり、家に帰れば妻と可愛い娘が待っているのだそうだ。


 ジョゼとミフィーは隣の席に座る夫婦と仲良くなっていた。

 彼らは幼い娘を連れて、アズベルグへ遊びに行くのだという。

 娘の名前はキキ。年は3歳で、目がくりっとした可愛い子だった。

 自分より小さな存在が珍しいのか、彼女はしきりにシュリを構いたがった。

 今も、キキはミフィーの隣にべったり座ってシュリの顔を飽きることなくのぞき込んでいる。



 「ミフィーさん、キキがすみません」


 「いいんですよ。シュリも年が近いお姉ちゃんにかまって貰って喜んでるみたいです」



 母親同士のそんなやりとり。

 それを聞きながら、シュリはキキの小さな手に頭を撫でられ、可愛がられていた。

 見上げてにこっと笑いかければ、キキの幼い頬が赤く染まる。

 少女はうっとりしながらシュリを撫で回していた。


 そんな少女の様子を見て、シュリは内心うーんと首を傾げる。

 3歳児にこんなうっとりされる自分てどうなのよ?ーなんて思いながら。

 はっきり言って異様だと思う。

 ちらりと見上げてみれば、キキのお母さんもちょっぴり鼻息を荒くしてシュリを見ている。



 (これってやっぱり、あれのせい、なのかな?)



 あれとは、もちろんシュリのユニークスキル[年上キラー]の事。

 この1年間シュリの年上たらしっぷりは中々のものだった。

 ミフィーの友達3人組を始め、老いも若きも男女も関係なく、シュリは皆から異常に愛された。

 だが、まあ、それも小さな村の中だけの事。

 もしかしたら気のせいかなと思っていたのだが、外に出てすぐこれだ。


 キキとその母親は一緒にいる時間が多いためか、その影響が顕著に出ている気がする。

 他の人達は、2人ほどはっきりとした変化は見られない。

 が、休憩で馬車が止まったりすると、みんな何かと口実をもうけてシュリの元へやってくる。いそいそと、それは嬉しそうに。


 はっきり言って、シュリはこのスキルの威力がこれほどとは思っていなかった。

 もっとささやかなものだと思っていたのだ。



 (もう少し大きくなったら、このスキルの検証をきちんとしておく必要があるかもな)



 そんな事を考えつつ、シュリは大人しく、キキに撫でられ続けるのだった。






 事件が起きたのは、翌日のことだった。

 馬車が森の側を通っていた時に、それは起こった。

 ひゅっと風切り音を響かせながら、1本の矢が馬車の中に飛び込んできたのだ。

 それは運悪く、ミフィーの首筋をそれなりの深さで切り裂いた。


 時が、止まったような気がした。ミフィーの首から赤い液体がこぼれ落ち、シュリの顔を濡らす。

 ミフィー自身がとっさに押さえた手の隙間から、止まることなく。


 「みー!(ミフィー!)」


 シュリの声にはっとした様に、ジョゼが動いた。

 ミフィーの首に布を巻き付け、できる限りの止血を試みる。

 だが、場所が場所だ。きつく縛ることが出来ず、止血は難しいと悟ったジョゼは、


 「妻が怪我をした。誰か、回復魔法を使える人はいないか?」


 大きな声で問いかけた。

 だが、残念なことに回復魔法を身につけているような人物はいなかったらしい。

 ジョゼは唇をかみしめ、ミフィーを座席に横たえた。


 矢は、次から次へと射かけられ、他の人々にもけが人が出始めていた。

 御者の身にまだ矢が届いていないのが不幸中の幸いだ。

 御者がやられれば馬車は止まり、後は蹂躙されるだけ。

 それだけは避けなければならなかった。



 「ミフィー、いいか?このままシュリと横になってるんだ。何が起こっても決して動くなよ?俺が戻ってくるまでじっとしてるんだ」


 「ジョ、ジョゼ……」


 「大丈夫だ。盗賊どもを蹴散らしたらすぐに戻ってくる。シュリを、頼んだぞ」


 「とーたー(父様……)」


 「シュリ、母さんを頼んだぞ?声を出さずに、大人しくしてるんだ」



 そう言ってジョゼはシュリの頭を撫でて笑った。

 彼が剣をとり、馬車の外へ向かおうとした瞬間、がくんと馬車が揺れた。

 馬車のスピードが徐々に落ちてくる。

 御者か、あるいは馬がやられたのだろう。これで逃げ続けることは出来なくなった。


 ジョゼの表情が引き締まる。

 彼は最後にもう一度ミフィーとシュリに微笑みかけ、そして馬車の外へ飛び出していった。

 それに続くように何人かの男達も出ていく。手に、武器になるような物を握りしめて。

 その中には、キキの父親も混じっていた。



 「よーし、野郎ども。もう馬車は走れねぇ。逆らう奴は殺して、荷物を奪っちまえ」


 「「「「おう、ザーズのお頭」」」」



 盗賊達が追いついてきたようだ。

 頭の名前はザーズと言うらしい。

 人数はどれくらいいるのだろうか?男達の声が入り乱れていて、どれだけの規模なのか見当がつかない。


 不安だった。


 ジョゼは強いと、いつかミフィーは言っていた。でも、それはどれだけの強さなのか?

 はっきり言って、ジョゼ意外の男達は、それ程強くないだろう。

 ジョゼはほぼ1人で戦わなくてはならない。

 それが、心配だった。

 剣戟の、音が聞こえ始めた。そして人の悲鳴も。



 「大丈夫か!?頑張れ!頑張ってくれ!!」



 ジョゼの、声も聞こえる。

 大丈夫、ジョゼはまだ生きている。まだ、大丈夫だ。きっと助かる。きっと。



 「シュ、シュリ、震えてるの?大丈夫よ。シュリは絶対に、お父さんとお母さんが、守る、から」



 小さな震える声でミフィーがささやく。ぎゅっと息子の身体を抱きしめて。

 シュリは母の顔を見上げた。

 血を流しすぎた、青白い顔。それでも息子安心させようと、優しく微笑んでいる。



 「そうじゃ、のう。シュリ君は、守らねば。この爺にも手伝わせてくれ」



 そんな声が、すぐ近くから聞こえた。

 見えたのはこの馬車に乗っている中で最高齢のおじいさん。

 確か、アズベルグには孫に会いに行くのだと言っていた。



 「シュリ君は無事かの?おお、おお、元気そうじゃわい。外が時間を稼いでくれているうちに、ワシもワシに出来ることをするとしよう」



 おじいさんはシュリの顔をのぞき込んで相好を崩した。

 皺だらけの手を伸ばし、シュリの顔を撫でる。己の血で染まった、血だらけの手で。何度も何度も。

 シュリは少しずつ、血の色に染まっていった。



 「これくらいで、いいかの。流石に目がまわってきたわい。じゃあ、ミフィーさん、少し失礼するよ」



 そう言って、おじいさんはミフィーの顔とシュリを隠すように覆い被さってきた。



 「もし、ワシの身体がどかされても、決して動いちゃいかんぞ。目をつぶってじっとしとるんじゃ」



 おじいさんの身体から、血が垂れてくる。

 その細い身体のどこにあったのかと思うくらいの血が。



 「トーリルさん、すみません……」


 「ええんじゃよ。ワシの身体には矢が何本もささっとる。もう助からん。シュリ君の未来を守れると思えば本望じゃ……」


 「トーリルさん……」



 ミフィーの声に、もうおじいさんは答えなかった。

 いつの間にか、外の騒ぎが収まっている。

 戦いが、終わったのだ。


 ジョゼの声も、盗賊達の声も、聞こえない。

 どちらが勝ったのか。シュリは息をひそめたまま、じっと耳をすませた。

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