第七話 旅立ち、そして
水の月、7番目の日。
その日は旅立ち日よりの、とてもいい天気だった。
ジョゼと、その妻ミフィー、息子のシュリの3人は、旅の荷物と共に乗り合い馬車に乗り込んで、馬車の出発を今か今かと待っていた。
見送りには、ミフィーの女友達が3人、駆けつけてくれた。
3人とも、とても別れを惜しんでくれていた。主にシュリとの、だが。
別れを惜しんでくれるのはいいが、いい大人が鼻水を垂らして泣くのには閉口した。
っていうか、これが今生の別れという訳じゃないんだから、そんなに悲しまなくていいのにと思う。
数ヶ月後にはまたここに帰ってくるんだから、とこの時のシュリはそんな風に軽く考えていた。
母の腕に抱かれたままで、シュリは軽く周囲を見回す。
古ぼけた幌馬車の中はまだ大分空きがあった。
これからこの馬車は、途中の村で人を乗せながら、終点の地方都市・アズベルグへと向かう。
ジョゼとミフィーの話を盗み聞いたところによると、そのアズベルグがジョゼの生まれ故郷であるらしい。
そこには、ジョゼの兄さん夫婦とその娘達、それからジョゼの両親が暮らしているようだ。
シュリからすると、おじさん夫婦と従姉妹達、それから祖父母、ということになる。
彼らは中級貴族らしい。
代々アズベルグの領主として生計を立てており、領地はその周辺地域をわずかに持っている程度。
かつては武を誇り、王の覚えもめでたかったようだが、今ではただの貧乏貴族に過ぎないようだ。
まあ、それでも、他の親類から見ると、かなり裕福な方らしいのだが。
ジョゼは15歳の時に、堅苦しい貴族の生活に嫌気がさし、家を飛び出したのだという。
それからはもともと素質の合った剣の腕を生かし、冒険者として身を立て、良く出入りしていた冒険者ギルドで働いていたミフィーと恋に落ちたらしい。
そして、やることをやったらミフィーのお腹にシュリが出来て結婚、という流れだったようだ。
「とーたー、やー(父様、やんちゃだったんだな)」
生まれて一年がたち、少しましになった発音で話しかけながら、ジョゼの顔を見上げる。
「ん?どうした、シュリ。抱っこか?」
ジョゼは息子の言葉を見当違いに解釈し、ミフィーの腕の中からシュリを取り上げた。
もちろん加減はしているものの、筋肉質な腕にぎゅーっと抱きしめられ、ひげ剃り後の残る顔でじょりじょり頬ずりをされ、シュリは途端に不機嫌になる。
「ひー、やー(髭が痛いからやっ!)」
必死に訴えるが、息子にめろめろな父親には通じない。
ジョゼは息子を抱っこできて非常にご機嫌だ。
「みー、だー(ミフィー、助けて!!ミフィーの抱っこがいい)」
ミフィーを見つめて手を伸ばす。
「ジョゼ?楽しそうなところ悪いけど、シュリは私の抱っこがいいみたいよ?」
流石は母親。
シュリの言いたい事を正確に察知して、ジョゼの腕から息子を取り返す。
ぽよんと柔らかな胸に抱かれて、シュリも満足顔だ。
ジョゼはそんな息子の顔をのぞき込みながら、
「そおかぁ?シュリは父様の抱っこも好きだよなぁ?」
「やー、みー(やだっ。ミフィーの抱っこがいい!)」
「ほら、俺の抱っこも好きだって言ってるぞ?」
「まぁた適当な事言って。シュリは、私の抱っこの方がいいっていってるわよ?ね~、シュリ?」
「うー(うん)」
シュリはこっくり頷き、ミフィーがにっこり笑う。
ジョゼは納得してない顔だが、でもすぐに笑顔になった。
親子三人での他愛ないふれあい。それは、普段は仕事で家を空けることの多いジョゼにとって本当に楽しい、得難い時間だった。
「ぼちぼち馬車を出すども、準備はええかね?」
馬車の御者が、そう声をかけてくる。
乗っている人々が口々にそれに答え、
「ああ、大丈夫だ。よろしく頼むよ」
ジョゼもそう答えを返す。
これからしばらく、家族三人で同じ時間を過ごす事ができる。
楽しい旅になる、そのはずだった。
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