第5話 花火大会
地元の花火大会は毎年8月15日に開かれる。船の上から打ち上げられる2万発の花火に周辺から人が集まり普段の閑散とした駅前は人であふれる。
「はい、できたよ」と悠美の祖母「梅」は香のおしりをたたいた。
祖母は孫とその友達のために、浴衣を生地から作ってくれていた。
「それにしても。おおきくなったね、香ちゃん。」
「え?」
「おっぱいだよ」
香は真っ赤になる。
俗に「馬子にも衣装」(孫と言われる方がいるが正しくは馬子つまり馬を扱う人の事である)というが三人共「はじけるような若さ」が、美しかった。
「ありがとう、おばあちゃん」三人は頭を下げた。
「あいよ」と梅は言い、三人に向かって親指を立てて「くっど らっく」と顔を力ませた。
三人は笑った。
花火大会とは恋の戦場であるということは祖母のころから変わっていないようだ。
三人共浴衣を着て、下駄をはき、手には巾着を持って花火大会の会場に向かう。
足取りが軽いのは若さだけではなかった。
駅前のコンビニの前で図書委員のみんなと待ち合わせていた。
女子はみな浴衣姿が美しい。それを見ている男子たちも浴衣を着ている。
が、一人だけTシャツにジーンズという姿の男子がいた。
同級生の水原 望(のぞみ)だった。望は陸上部に所属して男子からは人気がある。しかし女子からはあまり人気がなかった。
別段太りすぎてるとか「不細工」なるものではなかったがどこか「こどもっぽい」のである。この時分の高校生は男に「大人っぽさ」を求める。
「おまたせ」と浴衣姿の山田優希がやってきた。望とは違った「大人っぽい」男性だ。
隣には浴衣を着た青木華の姿がある。
「先輩、その人彼女さんですか?」と香は言った
「ただの「おさななじみ」だよ。」
その言葉に「キャー」女子の声が響く。男子も心で「オー」と言っている。
「はじめまして、青木華です。今は高橋女子に通ってます。優希君とは幼稚園の頃からの幼なじみでね。無理やり誘われちゃった。ごめんね。」
「高橋女子高等学校、」通称「タカジョ」はお嬢様高校として知られている。
うちの高校の男子の中にも人気が高い。憧れの的だ。隠れて写真を撮り「タカジョコレクション」通称「タカコレ」なる写真集が高値で売られている。
しかも華は飛び切り美しい、男子たちは、次々に自己紹介していった。
望だけは「よろしくっす」と一礼しただけであった。華はフフっと微笑んだ。
男子の次は女子だ。
「山田先輩って子供のころどんな子だったんですか?」等々の質問攻めに華は丁寧に答えた。一同はそろって花火大会会場の港の方角へ歩いて行く。
朋子は望を見つめていた。
「望君っていつも不愛想だな、なんでだろう」
「ついた~~~」の男子の声にその考えは打ち消された。
どーんと地響きのような振動が体に伝わり、花火が打ちあがる。
一同が歓声を上げそれを見上げる。
あっという間に花火大会はおわり、人々は駅に向かって流れだす。
あまりの人込みに朋子はみんなとはぐれてしまう。下駄がいけなかった。普段靴を履いている現代人にとって下駄というのは履きなれていない。
短い距離なら何とかなるが距離が長いと親指の付け根が痛くなり思い通り歩くのはしんどくなる。あっという間に朋子は一人になった。
そんなときである。
すっと男の手が伸びた。
望の手であった。
「ほら」
そういって差し出した手に朋子は自分の手を預ける。
ゆっくりと二人は歩き始める。
望は靴だから早く歩くことはできた、しかし彼は朋子に合わせてゆっくりと歩いていた。
人混みはまだ続く。その中を手をつないだ二人が歩いて行く。
ふいに先を歩いていた望が歩みを止めた。振り返って朋子の顔を見る。
「俺。俺」
「??」
「お前の事好きだ。中学の時から好きだった。」
望はそういうと赤くなった顔を隠すかのように前を向き不器用に手を差し出した。
朋子の心臓はドキドキしている、そしてゆっくりと望の手に自分の手を重ねた。
しばらくして二人がみんなと合流した時には二人の手は離れている。
「おそかったね」と優希が言う
「ちょっと迷子になってしまいまして。。すいません」望は頭を下げた。
朋子の顔はまだ赤い。
「じゃ、帰ろうか?」優希が言うと「えー喫茶店でもよっていきましょうよ~」と女子達がいうが、「補導されちゃうよ」と優希に諭される。
こうして各々帰路に就いた。
潮のにおいが朋子の頭から離れなかった。
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