第31話 2016/06/29 に見た夢 上京物語

 



 こんな夢をみた。



 風呂敷一つに溢れる夢を押し込んで、家業の百姓を継ぐ事を断った俺は、家出をするように生まれ育った故郷を飛び出した。



 旅の共には幼なじみの 斑目恭一郎と篠崎マリ。

 

 同い年の俺たち三人にはそれぞれ夢があった。



 俺は役者になる事。



 恭一郎は芸人になる事。



 マリは歌手になる事。



 「ビッグになって故郷に錦を飾ろうぜ!!」

 

 ミニクーパーを運転する恭一郎が景気づけに叫ぶ。



 「銅像とか、石碑が駅前に立っちゃうかもね」



 助手席に座るマリは、恋人の恭一郎と一緒にいられるだけで幸せそうだ。



 俺は後部座席に座り、そんな二人の姿を見て幸せな気分になる。



 子供の頃から、そこが俺のポジションだ。



 「鰤鰤もなんか言えよ。今後の展望とか野望とか。夢は口に出さなきゃ実現しないんだぜ?」



 「夢は誰にも喋らない方が良いんじゃなかったっけ? 自分の心の中にだけ秘めておくモノだろ?」



 「だってぇ、もう鰤ちゃんの夢は私達知ってるもの。口に出したっていまさらじゃない」



 正直なところ、役者になりたいと言う夢は、それほど現実的には考えていなかった。



 ちょっと良いなとか、やってみたいなとか、本当に夢のような話だったのだけれども、恭一郎が芸人を目指して上京すると言う話を俺に持ちかけてきて、高校を卒業と同時に家業の農家を継ぐ事になってしまっていた俺は恭一郎の夢に便乗したのである。



 「じゃぁ、海賊王に俺はなる」



 そう言うと二人は意味わかんないと言って笑ったのであった。







 それから十年の月日が流れていた。



 俺は仕事が終わった後、住んでいるボロアパートの近くにある居酒屋で、遅めの晩飯を食いながら、テレビでマリが歌っている姿を眺めていた。



 「マリちゃん、有名になったねぇ。テレビで見ない日は無いもの」



 居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」のおかみさんが、昔を思い出すような目でテレビを見ながらそう言った。



 上京してすぐに恭一郎のミニクーパーを打ったお金で借りた、今は俺だけが住む家賃3万円のボロアパートで、俺たち三人は共同生活をしていた。



 その頃から、居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」に三人で通い始めて、マリは三年ほどここでアルバイトをしていた時期がある。



 「マリちゃんや恭一郎くんと、連絡は取り合っているの?」



 おかみさんはそう言う。



 「マリからはたまにメールが来ますけど、恭一郎はあれ以来、どこで何をしているのか全く解らなくて……」



 俺はそう言ってジョッキのビールを飲み干した。





 最初に夢を叶えたのは恭一郎だった。



 同じ夢を持つ芸人仲間とコンビ「ひまつぶし」を組んで、芸歴五年で若手人気芸人の仲間入りを果たした。



 金の使い方も派手になり、アパートには戻らなくなって、いつの頃からか忙しくなり始めたマリとも別れてしまっていた。



 「仕方ないわよね。恋より夢が大事だもの。何かを得る為には、何かを犠牲にしないと」



 マリはそう言ってよく泣いていたものだった。



 そのマリもデビューが決まり、 「次は鰤ちゃんの番よ。先に行って待ってる」と言ってアパートを出て行ったのが五年前。



 俺は役者になる事は出来たけれど、通行人Aとか、殺人事件で殺された死体の役、セリフがある場合は立てこもり中の犯人などという役ばかりを演じていた。



 役者の仕事があるのはまだ良い方で、月の半分は他のアルバイトで生活費を稼いでいた。



 それでもテレビに映るたびに、マリや恭一郎から見たよと言うメールが届くのは嬉しかったのだけれど、今は恭一郎からメールが届く事はない。



 恭一郎は4年前の人気絶頂の最中、薬物に手を出して逮捕され、裁判で執行猶予が付いたモノの、そのまま「ひまつぶし」は解散となり、芸人を廃業して姿を消してしまった。



 携帯に何度も何度も連絡を入れたのだけれども、恭一郎が出る事はなく、恭一郎の実家に連絡を取っても音沙汰は解らなかった。



 居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」を出てアパートへ帰る。



 鍵を開けて中に入ろうとすると、鍵が掛かって無くて、ドアが開いている事に気が付く。



 部屋の灯りは付いてないが、中に人の気配がある。



 泥棒か!? 俺はそう思って、玄関先にあった金属バットを握りしめた。



 時代劇の切られ役の為に、殺陣の練習はみっちりとやっていたので、そこそこに剣豪である。



 「くせ者!!」



 「まて、まて、俺だ。恭一郎だ。この部屋から、何を盗むんだよ!!」



 勢いよく踏み込み、バットをふりかざすと、暗闇の中から男の声でそう返事があった。



 灯りを付けると、痩せ細り禿げ上がった頭で、薄汚れた服を着て変わり果てた顔色の悪い恭一郎がいたのである。



 「よう、ひさしぶりだな。鰤鰤。海賊王にはなれたか?」







 俺はマリと、恭一郎の両親と連絡を取り、恭一郎を田舎に送り届ける事になった。



 費用はマリが100万ほど用立ててくれて、衰弱していた恭一郎をそのまま病院に入院させる費用に充てる。



 恭一郎の実家についてすぐ、近くの総合病院に恭一郎を連れて行った。



 薬物は逮捕されてから使用をしてはいなかった様だが、アルコール依存症で肝臓が酷くやられているらしく、即入院だった。



 糖尿も煩っていて、左足を切断するかもしれない。



 「なんでこうなっちゃったかなぁ。夢は叶えたのに、その後が酷かったなぁ」



 病院のベッドの上で恭一郎は窓の外を見ながらそう言った。



 「自業自得とは言わないけれど、今はまだ夢の途中の俺にはそれでも羨ましく思えるよ」



 俺がそう言うと、恭一郎は俺を見ずに言う。



 「ありがとう。もう大丈夫だ。後は何とかする。マリに金も返す。だから、お前はもう行けよ。まだ夢の途中なんだろう?」





 俺は病院を出ると、久しぶりに実家に向かう。

 

 両親とはテレビに映るようになってから、電話で連絡を取り合っていたのだけれど、十年前にマリと恭一郎とこの町を飛び出して以来の帰宅だった。



 タクシーで家に着くと、そこには見た事のないモダンな家が建っている。



 その玄関前には親父が立っていた。



 「立て替えたから、わからねぇかなとと思って待っていたんだ」



 「いや、四方八方数キロに渡って、ウチの畑以外はないから解るよ」



 「どうだ。百姓もなかなか稼げるべ。お前も売れない役者なんかさっさとやめて帰ってきたらどうだべさ」



 「百姓は弟の鮭助が継いでるからいいだろう」



 「人手は幾らあってもたらんのさ」



 「じいちゃんは元気か?」



 「元気だ。ほれ、あそこの中さいる」



 親父が指さした先には、庭の真ん中にこんもりと土が盛ってあり、何故かそこには扉が着いていた。



 中にはいるとコンクリートの階段が地下に続いていて、降りていくと職人さんが作業をしている。



 「これはなに?」



 一緒に降りてきた親父に聞くと



 「じいちゃんが、帰ってくるお前に家を建てたいって言いだしてな。突貫工事だ」



 「地中かよ!!だいたい俺は帰ってくるなんて言ってないし」



 「まぁ、じいちゃんの道楽だな。じいちゃんの金だから俺は何も言えん」



 「道楽でこんな秘密基地みたいなの作るのか?」



 鉄筋コンクリート地下四階建ての最深部であるジムにじいちゃんはいた。



 「おう、鰤鰤、帰ってきたか」



 中央のリングでシャドウボクシングをしていたじいちゃんが汗だくになりながら俺を出迎えた。



 「なにやってんの?」



 「もう老い先短いからな。孫に何か残そうと思って」



 じいちゃんはそう言いながら笑ったのである。





 縋り付くじいちゃんを振りきって、東京のボロアパートに戻ったのは一週間後だった。



 マリに状況報告の電話をし、俺は翌日に控えた映画のオーデションに備えるべく、セリフの稽古をする。



 まだ夢が見れるだけ、俺はマシなのかと思ったのである。



 

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