第25話 夢を諦めるな。 夢は逃げない。逃げるのは自分。




 その人はちょっと変わったテンションの持ち主で、廻りからも少し浮いて見えたといまでも思う。



 高校時代は42人クラスが11組もあり、同学年であっても、三年間を一度も会話を交わすこともなく過ごし、名前も知らない人も多かった。



 だからクラスも一緒になった事もなく、元より彼女どころか女子の友人さえいない私にとって、彼女と言葉を交わす機会があったと言う事でさえ奇跡に近い事だろう。



 彼女とは、彼女と仲の良い女子の彼氏が私のクラスメイトであり、同じ部活の部長であったと言う事から、休み時間などに彼氏の彼女に話しをしに来る彼女と会話する機会があったと言う事だけなのだけれども、彼女はとてもフレンドリーであり、人を不快にさせるような事を言わず、何より可により彼女は贔屓目に見ても、かわいい部類に入る人だった。



 セーラー服に腰まで伸びた栗色(茶髪はもう少し後の世代である)のロングヘアー。



 笑顔で鼻歌を歌いながら廊下をスキップしている姿をよく見かけ、私を気が付けば両手で手を振ってくれた。



 いわゆるオーバーアクションである。



 演劇部に所属していて文化祭では壇上でお芝居をしていたが、その影響が普段の挙動に現れていたのかと思う。



 お芝居自体はお世辞にも、素人目にも上手いとは言えないレベルだったけれど、そもそも活動実績が文化祭以外に確認しようがなかったので、どれくらいの練習をしていたのか、たぶん本人以外、もしくは演劇部部員以外にはわからないのである。



 それでも一輪の華であったと今でも言える。



 一輪の華であり、高嶺の花であったから、高校時代はそれ以上でもそれ以下の関係性も、関連性もなく卒業して疎遠となった。



 同じクラスであるならば、クラス会とか、同窓会とかで集まる事もあり、逢える事もあるのかも知れないけれども、その可能性は全くなく、高校卒業と同時に働きだした私は日々の忙しさの中で彼女の事を思い出す事はなくなっていたのである。



 偶然、会社帰りのバス停で再会するまでは。



 「ありゃー、カオスくん(なぜか解らないけれど、彼女にはそう呼ばれていた)、久しぶり!!元気にしてた?仕事の帰り?」



 慣れない労働というものに疲れ果て、さて、いつ辞めようかなどと雨が降る中バス停で考えていると、どこかで聞いた声である。



 ボーダーのシャツに、ジーパンという私の姿に比べて、何だかとっても高そうな白地のお洋服を着た彼女が傘を差して立っていたのである。



 「どこのお嬢さんかと思ったら。ひさしぶりだなぁ。いま大学?就職?」



 「それは禁則事項です」



 禁則事項は言ってないけれど、セーラー服姿以外を初めて見た彼女は、なぜだかそんなセリフが似合いそうな雰囲気であり、彼女は大学生でもなさそうで、就職しているようにも見えないそんなお嬢様ぽい容姿であった。



 まぁ、惚れるよね。

 私だって、いまは孤高の独身貴族を気取っているが、語っているが、当時は18、19の若人である。



 その頃はまだ夢も希望も持っており、現実も見えていなく、彼女欲しい病にかかっていたのである。



 「認めたくないものだな。若さ故の過ちとは」



 と言う某赤い彗星の名セリは、こんな状況で使うのがベストと言えるシチュエーションであった。



 と言っても、当時はスマホどころかガラケーさえも、もっと古くのポケベルさえ一般的ではなかった時代であるからにして、二言三言話しをして別れてしまえば連絡の取りようがない時代である。



 現に彼女はやってきたバスに乗り、笑顔で手を振り別れを告げたのであった。



 「と、いうことがあったんですよ」

 

 私は翌日に会社に行くと、私の上司であり、人生の師匠でもある人に彼女の事を話しした。



 「ばかやろう。何で連絡先を聞かないんだよ、良いと思ったんだろ?そんなら、ここはガンガン行って、逝かないとお前に彼女は一笑できないぞ?とりあえず、バス停で会ったのなら、今日も同じバスに乗るだろうから、待ち伏せてデートに誘うんだよ」

 

 まだストーカーと言う言葉が日本では一般的でなかった時代の話しであり、犯罪的な意図はなかったと言う事をご理解して頂きたい。



 「レベル高いですよ!!そんな事が出来るならば、今ごろとっくに彼女の一人や二人出来ているんです!! それが出来ないからこの歳まで彼女いないんですから」



 私はそんな正論を叫ぶのである。



 「駄目なら駄目でそれでいいだろう?二度と会わないんだから、恥も糞もねえだろう。駄目なら駄目で、次の恋を捜せば良いのさ。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるって言うだろう?」



 さすが師匠である。



 私は前日に彼女と再会したバス停を張り込み、彼女に出会う事に成功するのである。



 偶然を装いながらも、駆け引きも、陰謀謀略も無く彼女をデートに誘う。



 「うん、いいよ。いつにしようか」



 





 人生初デートであった。

 オシャレな店に行き、

 オシャレな食事をし、

 カップルのように街中を散策をする。



 背伸びをしすぎて、自分にはハードルの高い部分があり、如何にも学歴のない低収入の労働者と言う振る舞いを見せてしまって恥ずかしい思いもしたわけだけれど、それは夢のような時間であったと言って良い。



 いける!!これならばいける!!



 人生で初めて恋人が出来るかも知れない。



 「好きです。つき合って下さい」



 私は清水の舞台から飛び降りるような気持ちで告白する。



 「ごめんなさい」



 彼女は即決だった。



 「どぅ、どうしてかな?やっぱり、俺じゃ駄目だった?」



 今後の参考と対策までに聞いてみる。



 「そうじゃなくてね、私には夢があるの。私は女優になりたいの。それはそれはとても大変なことで、努力してもどうにかなるものじゃないかも知れないけれど、今は女優になる事だけを考えていたいの。だから、誰かとつき合うとか、そう言う事は考えられないの」



 夢でっかいなぁ~そうか、それは自分と釣り合わないなと思う。

 でも、ショックは大きい。



 「そっか~だめか~」



 「ごめんねぇ。カオスくんにはきっといい人が見つかるよ。だから、いいお友達でいましょう。こんど、所属している劇団の舞台があるの。今は稽古しているんだけれど、カオスくん、見に来てね」









 そこで友達としてつき合えるほど自分は大人ではなくて、彼女とはそれ以来会っていない。



 女優である。



 正直言えば、厳しいと思った。

 自分が漫画家になりたいと小学生の頃に思ったのと同じであると思う。



 ただ違うのは、彼女は自分の夢に向かって努力したと言う事であり、諦める事をしなかったという事だ。





 あれから二十年以上の月日が経ち、SNSの普及に伴い高校時代の友達を捜していると、同じ高校出身者の中から彼女の名前を見つける。



 彼女は夢を叶えて女優になっていた。



 公開時は話題になっていた某アイドル俳優主演の映画にも、名前の付いた役で出演していた。



 無名と言えば無名に近いかも知れないけれど、舞台に映画にテレビに女優として出演している。



 夢を叶えた彼女は本当に凄いと思い、私はあの女優さんに振られた事があるとネタに出来る事を嬉しく思うのである。

 













 

 

 

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