第21話 リドルストーリーで、思い人

 ちょうど、「古典部シリーズ」で有名な米澤穂信の作品「追想五断章」を読み始めたところで、作中に出てくる「結末の書かれていない小説」というものに興味を引かれる。



 「リドルストーリー」というそうで、「作中に示された謎に、答えを与えず終了することを主題とする」と言う。



 もちろん、意図的でなくては、ただ単純に下手な小説という事になるわけだけれど、有名なところでは「女か虎か?」「藪の中」だそうなので、興味のある方は検索してみて下さい。



 「藪の中」は芥川龍之介作品なので、聞いた事や読んだ頃がある方も多いかも知れませんが、「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」「有頂天家族」の作者である森見登美彦が、「新訳 走れメロス」という短編集の中で「藪の中」をリテイクした作品が載っていますので、そちらの方が個人的には読みやすくておすすめです。



 そう言う訳で、そんな「リドルストーリー」を書いてみたいなと思っていたのですが、なかなか書けるものでもありません。



 「女か虎か?」のパロディで「ロリか熟女か?」がいけそうですが。あくまでそれはパロディであって、個人的に二次創作は何の練習にもならないような気がして書かないのですが、そうこうしている内に時間がばかりが経ち、そんなある日、寝ている時に夢をみました。



それが「思い人」だったりします。





基本的に、見た夢をそのまま書いているわけですが、ここまでしっかりと覚えている夢も最近は少ないです。



私は割と寝ている時に見た夢を元に短編を書いたりするのですが、大抵の場合は断片的な夢をつなぎ合わせ、ストーリーの矛盾を無くしていくのですが、オチまでしっかり夢をみたのは久しぶりです







 ■ 思い人

 





 遠藤春香と会うのは、彼女が会社を辞めて以来で一月ぶりの事だった。



 「お久しぶりですね、塚本さん。今日は無理言って来てもらってすみません」



 「いいってことさ。独り身の暇人の休日に無理も何も無いんだから」



 俺はそう言って、待ち合わせをしたファミレスの日当たりの良いバス通りに面した窓際の席に先に来ていた彼女とテーブルを挟んで向かい合って座り、一番安いコーヒーを頼んだ。



 日曜日の午前中ではあるけれど、まだお昼には少し早いのか、他の客の姿も疎らだった。

 昨夜、仕事が終わった後にスマホを見ると、一月前に会社を辞めた遠藤さんからラインが入っていた。



 彼女が入社してきて以来、俺は彼女と同じ部署で三年ほど一緒に働き、俺が工場に移動するまで仲良く働かせてもらったのだけれど、彼女はその一年後に会社を辞めた。



 連絡の都合で俺は彼女の携帯の番号も、メルアドも知っていたのだけれど、基本的に使う必要が無かったので、今回の連絡が初めて彼女から来たようなものだった。



 内容は「相談がある」と言う事で、そもそも僕に相談事をするというのが間違いのような気がしないでも無かったのだけれども、とりあえず彼女が指定したこのファミレスと待ち合わせ時間を確認し、その相談をとりあえず受ける事にしたのだった。



 「そう言えば、次の仕事はもう見つかったの?まぁ、今まで忙しかったし、別に慌てて捜す事もないんだろうけど」



 スグにやって来たコーヒーを飲みながら僕は言う。

 遠藤さんはグラタンを食しながら答えた。



 「実家暮らしですからね。まだ何も捜していませんよ。最近は朝方まで起きて夕方起きる生活ですね」



 「充実してるね。まるで王侯貴族じゃないか。セレブ感溢れる毎日だ。羨ましい事この上ないね」



 「まさに、跪け、愚民共って言うところでしょうか。と言っても、そうそういつまでもそんな生活をしているわけにも行かないんですけれどね」



 「それで今日はどうしたの?俺に相談なんて、根本的に間違っていると思うんだけど。借金抱えていてお金は無いし、宗教は信仰してないよ?」



 「お金の無心とか、宗教の勧誘とかじゃないですし、ネズミ講というわけでもありません。元職場の同僚として、40代の男性として、人生の知恵と勇気と希望の叡智を結集したアドバイスを頂きたいのです」



 元々俺は工場勤務が長く、彼女と同じ部署に配属されたのは社長の気まぐれのようなものだったのだけれども、まだ24歳の彼女の相談に答える事が出来るのかと、俺の浅く幸薄い44年の人生を振り返れば、何ら参考にならなそうなエピソードしか思い浮かばないのだった。



 「俺をなめるなよ、お嬢さん。人生を無下に生きていたこの44年間。君が欲しがるような答えを与える事は、きっと出来ないだろうと先に言っておく」



 「大丈夫ですよ。そこまで期待はしていませんから」



 「じゃあ、なぜ俺を呼んだんだよ!?」



 彼女はふっと鼻で笑うと、今回の相談について語り始めた。



 「恋バナですよ。好きな人がいるんです。でもその人は私の気持ちに気が付いてくれているのかわからないんですよ」



 「恋バナか!!これは専門外だな。アイラブユーを日本語で意訳すると今夜は月が綺麗ですねって言うやつだろ?恋なんてもう20年以上してないから、良くわかんな~い」



 「良くわかんな~いって、乙女ですか!! 解らない事はないでしょう?犬や猫の畜生だって発情はするんですから」



 「俺は畜生以下か!! だいたい若い嫁入り前のお嬢さんが公衆の面前で発情とかするんじゃないよ」



 「そこは発情とか言うんじゃないよ、でしょう。卑猥な感じにしないでください」



 「まぁ、馬鹿話はおいといて、相手はどんな人なの?」



 「そうですね、四十代で、独身で、借金がありますね。年収は三百万くらいでしょうか」



 「いやいやいやいや、そんな俺とほぼ同じスペックの人間なんてありえないから。俺が遠藤さんのご両親なら目を覚ませと間違いなく説得するよ。自分の娘がわざわざそんな相手とつき合うとか言い始めたら、座敷牢にでも閉じこめる。そんな底辺に嫁へやる為に産まれてからこれまでの間、育ててきたわけじゃないと言って。親ならきっとそう言うはず」



 「えーっ、そう言うもんですかね。本人が良ければいいじゃないですか?」



 「相手は40代だろ?そんなんつき合い始めたら、じゃあ、結婚でもしようかってすぐなるじゃない?それなのに借金があるわ、年収低いとかどうやったら幸せになれる?尾崎豊の唄にもあるけど、愛があれば他に何もいらないなんて、綺麗事は言えないわって聞いた事無い?」



 「平成生まれなんで。尾崎起世彦なら知ってますけど」



 「嘘だ!!」



 「まぁ、名前だけなんですけどね」



 「兎にも角にも、オッサンじゃない、それなりに釣り合った相手を捜しなよ。遠藤さんはちょっとイカレてるけど、喋らなければそれなりに、それなりに可愛いんだから」



 「……もう一回、言って下さい」



 「ん?ちょっとイカレてる?」



 「失敬な!そこじゃなくて後の方のやつですよ」



 「それなりに可愛い?」



 「ふっふっふー」



 遠藤さんはそう言って、不気味に笑うのだった。



 「まぁ、これは基本的に遠藤さんの問題だから、俺がなんと言おうとも、結論を出すのは遠藤さんなわけであって、後で親と揉めるとかあるかも知れないけれど、それは自分で解決するしかないんだよ。人は自分で勝手に解決するしかないんだよ」



「そこで最初に戻るわけですよ。相手が私の事をどう思っているか知るにはどうすればいいだろうかと」



 俺はドヤ顔で言う。



 「そんなの相手に聞いてみればいいだろう。気持ちなんてものは口に出して伝えなければ相手に伝わらないんだから。俺がこの44年の人生の中で失敗を築き上げて到達した真理だね」



 彼女は笑顔で言う。



 「たしかにそうですね。わかりました。相手に気持ちを伝える事にします」



 彼女はそう力強く言ったのだ。



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