第19話「ユーチューバーになりたい」彼と、小説が上手くなりたい僕


 「最近の小学生の、将来なりたい職業ナンバー1、はユーチューバーらしい」



 すでに会社に退職届を出し、あとは正式に退社する日が決まるのを待つだけの身でありながら、GWに再就職先を捜すという行動に出ず、ずっとラノベを読んで過ごしていて、これからどうしようとも考えずに現実逃避している小金沢君に、私が休日中にネットで得た豆情報を教えてあげた。



 「ユーチューバーになりたい!!って、博多華丸・大吉ですか?」

 

 THE MANZAI 2014において「YOU Tuberになりたい」というネタで優勝した二人の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 「無職になっちゃう小金沢君もいいんじゃない? YOU なっちゃいなよ、ユーチューバー」



 仕事が終わって帰り道。



 私が運転する車の助手席に、小金沢君は座っている。



 私の帰り道に小金沢君が住むアパートがあるので、時間が合えば送ってあげる事は良くある事だったのだが、小金沢君は辞めてしまうので、もうこれから何度もないだろう。



 「ユーチューバーには誰でもなれるんですよ。それで食っていける人がほんの一握りだけいるだけなんです。現実的じゃありませんよ」



 「獏は夢を食って生きるんだぜ?」



 僕はドヤ顔でそう言った。



 「何をドヤ顔で言ってるんですか!!それは空想上のバクですよ!!獏は普通に草食動物です」



 「現実逃避をする為に、ラノベ尽くしの休日を送る草食系男子・32歳らしくないな。押して駄目なら弾いてみろって言うじゃない。俺は良い音色で引かれるぜ」



 僕はそう言いながら、左手でメタボな腹鼓をポンと打つ。



 「GWに金が無くて寝て過ごすしかない人が何を言いますか。出るのは音色じゃなくて嗚咽でしょう。それなら世間様に引かれる理由も納得です。人は獏じゃないから夢を食って生きられません。人が幸せになる為にはご飯と、ほんの少しのお金が必要なんです」



 私は情け容赦の無い罵詈雑言に、うっすらと涙を浮かべながらも傾いてみせる。



 「俺には 『小説家になろう』 がある!! 目指せ、異世界印税生活」



 小金井君もなかなかのラノベ好きであるからにして、「小説家になろう」も当然のように知っている。

 そして彼の好みは「異世界流転」「異世界転生」系であった。



 「いや、そもそもアナタが書くものはラノベではないですよ。書きたいものではなく、売れるものを書く、それがプロと言うものです」



 小金沢君は過去に私が書いた短編を何度か読んだ事があり、その評価は辛辣きわまりなく、そして趣味が合わない事うけ合いだった。



 彼がラノベに求めるのは現実世界にはない楽しさである。



 ラノベに現実世界の悲しみや苦しみを持ち込む意味を見いだせないでいる。



 登場人物が死ぬとかなどは、ありえないのである。



 ゆるく、楽しく、賑やかにが彼のラノベを買う判断基準であった。



 どんだけ現実が辛いんだよ!!



 などという慰みを、私は彼に現実を直視するような言葉をかけない。



 それが友情というモノであると、私は週刊少年ジャンプの漫画達から学んだのである。



 「アナタの書く物語は文体はおちゃらけて明るいのに、内容が暗すぎるんですよ。文体の明るさで誤魔化しているんです。何が哀しくて物語に現実を見なきゃならないんですか」



 人それぞれとしか言いようがない。 



 どちらかと言えば、守備範囲の広い私は一般小説も読む。



 伊坂幸太郎、森見登美彦、越谷オサム、山崎マキコ、橋本紡、米澤穂信、等々



 だから、必ずしも笑顔で終わる訳ではない。



 米澤穂信の「さよなら妖精」を読んだ時は、この結末でどうしろと言う衝撃を受けたのだが、それもまた心地よいのである。



 「自分の現実が辛いから、不幸な話を読んで、自分はまだマシであると実感したいんですかね。すでに現実は詰んでいると言うのに」



 「否定はしない。だけど、僕は別に一般小説をかきたいわけじゃないんだよ。書いたものがラノベにならないだけで。ラノベは難しいんだよ」



 「変わらないじゃないですか。何が違うんです」



 「ラノベは事件が起きなきゃいけない。そしてそれが解決しなければならないだろ?現実はそんなに上手くいかないからな。そして、ハーレム」



 「ハーレムはそんなに重要ですか」



 「売れているラノベのほとんどはハーレム有りだろ? まぁ、それ以前に文章がまずいんだけどな」



 「自分で言わないで下さい。まぁ、それは書くしかないんでしょうけど、かなり読んでいるのになんで上手くならないんですかね」



 「自分の好きな作家さんがいるだろ? その人みたいな雰囲気の文章を書きたいと思うんだけど、書いてみたら全然違うものになるのな。まず、描写がだめだ。ほぼ解説になる」



 「あぁ、上条さん的ななにか」



 「あれはあれで凄いんだよ。もう何が何だか解らなくなったから、新訳の14巻で切ったけど。もっとスリムな展開にしてたらアニメの三期もあったのに。まぁ、そっちはレールガンが引っ張っていくんだろうけど。実際、科学サイドの話しの方が面白いし。ダークで」



 「人の事はめちゃくちゃいいますね。映画評論家が作った映画が面白くないようなものです」



 「酷いな。理想はあるんだよ。西尾維新と、『マリア様がみてる』シリーズの今野緒雪と、『古典部』シリーズの米澤穂信の文章を足して二で割ったような文章。西尾維新と、『応化クロニクル』シリーズの打海文三のセリフ回し。全体的に漫画家の東村アキコの漫画の世界観。そんな物語が理想かな?」



 「理想だけは壮大ですね」



 「まぁ、悪い部分は過去に2chの創作文芸板で指摘されてて、描写が全然駄目、糞だと言われているんだよね。描写が駄目と言う事は、語彙が無いという事だと最近気が付いたよ。そもそもその語彙がレパートリーが昭和の香りがして、時代錯誤というのがラノベにならない理由だと自覚する。 浅香唯って書いたって、今の若い子はわからないよね?」



「固有名詞出さないで下さいよ!! それを描写で表現するのが小説でしょう。」



「語彙が足りないのね」



「戦場ヶ原ひたぎさんですか!! あれはアレで、こよこよの語彙の足り無さで、なんて言って表現したら解らないと言う表現で、感動の大きさを表現しているわけでしょう」



 「そう言えば、主人公がヒロインを好きだとして、ヒロインが好きな素振りを見せる訳じゃない?それを口にするのは野暮って思い、それを書かなかったら『主人公のヒロインに対する態度が意味不明』とか指摘されたんだけど、それは書かなくても理解できるだろうと思うんだけど。読解力ないんじゃね?とか思うわけだけど」



「どんだけ上から目線なんですか!!書いた本人しか解らない事は、書かなきゃ分からないじゃないですか。伝わらないのは、伝える側の問題ですよ」



 そんな有意義な話しをしながら残り二日の連休を快適に過ごす為に、新たなラノベを買いたいので本屋に寄って下さいと小金沢君に頼まれた。



 しかも二件。



 「そう言えば、本屋大賞で2位だった『君の膵臓を食べたい』と言う小説は面白いらしいんだけど」



 僕がそう言うと、小金沢君は答える。



 「タイトルだけで、もう無理です」



 「食わず嫌いは良くないよ。世界は広大なんだ。小さい世界に収まっちゃうと、世界の喜びも悲しみも知る事が出来ないよ」



 「そんな事は解っているんですよ。だけど世界の悲しみなんてものは、僕の生きる世界に必要ないじゃないですか。僕は自分が見たい世界だけ見て生きていきたいんですよ」



 それはそれで真実だろう。

 それは否定される物ではない。

 

 「だけど、そんな世界を見ずに生きられる事なんて無いだろう。現実という奴に目を背けちゃいけない」



 お前がそれを言うなと言う、彼の無言のツッコミを感じながら僕は車を走らせるのである。









 



 

 

 



 



 







 



 

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