第4話 2016/03/29に見た夢 「梟の女王」
こんな夢をみた。
春は別れと出会いの季節。
若人達は希望に胸を膨らませて、学舎から飛び立っていく。
まるでその体に翼が生えたかのように、軽やかに、美しく。
そう、本当に飛んでいく。
その高鳴る胸は、まさしくハト胸であったに違いない。
北の外れにある高校の卒業式も終わり、外に出た卒業生達がすでに校舎上空を気持ちよさそうに飛んでいる。
原因は不明ではあるが十年ほど前から、子供達は空を飛ぶ事ができるようになった。
飛びながら別れを惜しむ者もいれば、このまま次の人生が始まる場所へ飛び立ってしまう生徒達も多い。
今年度の卒業生を受け持っていた学年主任であり、社会科教師の善河原は空を見上げながら生徒達の未来が幸せなものであるようにと願っている。
自分がまだ学生だった頃は、誰も自力で空を飛ぶ事などはできなかったので、自由に飛び回る元教え子達を見ていると、羨ましくて仕方がなくなってくる。
そんな嫉妬にも似た感情を抑えながら、ふと地上に目を落とすと、校庭の片隅に光を失った目の、暗闇のような顔色をしてグランドの片隅に座り込んでいる集団が目に入ってきた。
彼らの事を善河原は「フクロウくん」と呼んでいた。
毎年毎年、例年の如くに羽ばたく事も飛ぶ事もできない生徒達が何人か現れる。
正確に言うならば、本物のフクロウは空を飛ぶ事ができるのだけれども、日中は生気のない彼らを、善河原は心の中でそう呼んでいたのだった。
勝った負けたで言うならば、もはや勝ち目なんて有り得ない、最底辺という状況である事は間違いない。
他の生徒達が、明るい顔で天を仰ぐのに対し、彼らは死んだ魚のような瞳で暗い顔をしながら少し先の足元ばかり見ているのである。
そこに地面はあったとしても、そこに未来を見つける事はできない。
そんなフクロウくん達の表情は、誰も彼もが同じものに見えた。
そんな中で、いつも天を仰いでいたある一人の生徒を善河原は見つけた。
彼女、音無楓子はフクロウくん達と同じように空を飛べなかったのに。
晴れ渡るような笑顔ではなかったが、その瞳には熱い炎の様な意志が宿っている。
「だって、人は鳥じゃないもの。自分で飛べなくてあたりまえよ」
彼女はそう言って口の端だけで笑って見せる。
春休みが過ぎれば高校二年生へ進級するのだが、小柄で華奢な体であるから、セーラー服を着ていなければ、小学生にも間違われそうなのだけれども、そんな体とは裏腹に、態度だけは大きいと教師の中でも有名だった。
飛ぶ事ができる生徒達からすれば、ただの負け惜しみにしか聞こえないのかも知れないが音無楓子がそう言うと、それに対して誰かが何かを言う事などできなかった。
音無楓子は美しくて恐ろしい。
それが他の生徒達からの音無楓子への評価だった。
いつか喰われてしまうかも知れないと、言う生徒もいた。
いや、実際彼女は喰うのである。
フクロウくん達を。
音無楓子の存在に気が付いた数人のフクロウくん達が、彼女の元に集まってきた。
彼女は恍惚の表情で、一人のフクロウくんの右手を取ると、自らのセーラー服の中に招き入れる。
ちらりと見えた横腹の白肌へ亀裂が走り、肉の紅が禍々しく拡がっていく。
その肉の亀裂にフクロウくんは飲み込まれ、咀嚼され始める。
音無楓子に上半身まで飲み込まれ、痙攣を始めたフクロウくんの左手は、彼女のうなじの辺りから飛び出して、乾いた骨の砕ける音を響かせて、鮮血を飛び散らせた。
善河原は見ない事にする。
他の生徒が空を飛べるのと同じように、音無楓子がフクロウくん達を喰らうのは、同じ個性であると世の中には認識されている事ではあるのだけれども、見ていて気分が良い物でも無いからだ。
しかし、フクロウくん達からすれば、自らの存在意義を見つけたかのように、彼女の元へ群がってくるのである。
血に染まった音無楓子は、まるで梟たちの女王だった。
桜の花びらが舞い散る校庭に、音無楓子が咀嚼する時に出るフクロウくんの骨が砕ける音だけが響き渡っている。
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