第5話 1984年の夏休み
目の前に神様が現れるとか、タイムマシーンかタイムリープと言う異能の力を手にれるとか、時をかける少女になるかして、人生をあるタイミングで一度だけ、今の記憶を持ってやり直せるというチャンスというか機会を与えられたとしたら、私は迷う事無くある時間軸を指定する事ができる。
「1984年7月20日へ飛べ !!」
そう叫ぶ姿はまるで少年漫画かライトノベルの主人公のようであるのだが、そこに元気・勇気・友情的なテーマは存在しない。
どちらかと言えば、後悔であり、挫折であり、悲恋である。
早い話、淡い恋心が、失恋へと転がり落ちていく物語の開幕である。
その日はおそらく夏休みに入ってすぐだったと思う。
だから心の準備をする前に出来る事なら夏休み前に戻っておきたい。
小学校六年生、11歳の自分。
それからもう何十年もの時が流れ、小学生どころか成人している子供が居てもおかしくない年齢になってしまっている自分がいるのだけれども、心の中は今でも11歳だと思って抜かりない。
二、三日もあれば心と体のズレも馴染んでしまうに違いないだろう。
少し内気でシャイな部分があった当時の私も、すっかり社会の底辺で生き続けてきたせいか、もはや失うもなど何もない。
だから心おきなく討ち死にできると言うものである。
まさに切り捨て御免である。
何もできないくらいなら、そこに骸を晒した方がマシである。
そして、何もできなかった未来がいま現在なのである。
私は学習能力が以外と高い方であると自負している。
いま置かれている現状は、ただ単にその学習能力を生かす機会が訪れなかっただけであるのだと。
バッチコーイ!!
声が小さくなってしまうのは、やり直したところで、結局は時間の自己修復作用によって元の木阿弥状態になってしまうのではないかと危惧しているからである。
それでも神様仏様、私にチャンスをくれるというのであるならば、もはや来世はいりません。
もし、来世があったとしても、道端のペンペン草で構いませんと涙目で懇願したいと思う今日この頃である。
話が長くなってしまったけれども、これから語るのは当時の記憶である。
記憶というものは思いのほか、美しく偽証されるものであるらしいのだが、何も混ぜず、何も盛らない真実の話である。
夏休みに入ったばかりの午前中、小学六年生であった私は自転車を走らせていた。
目的地は家の近くにある小さな公園である。
公園につくと泉ちゃんはもう来ていて、ベンチに座っていた。
泉ちゃんと私は幼稚園の頃からの幼なじみである。
今の芸能人にたとえるならば、女優の杏を小学六年生の女子にした感じの泉ちゃんは、身長が伸び始めていた私より、さらに身長が高く、華奢な躰をしている。
腰まで伸ばした髪はいつもポニーテールにして、おでこを出すのは幼稚園の頃から変わっていない。
去年までは家が二軒屋の隣同しだったのだが、近くに家を買って引っ越している。
小さい頃から年も同じという事もあり、お互いの姉弟姉妹含めて一緒に遊んでいたのだけれど、基本的に友達の多くない二人は、そのころから二人だけで遊ぶ事が多くなっていた。
「昨夜のチェッカーズのラジオ聴いた?」
「聴いた、聴いた」
遊ぶと言っても、ほとんどはベンチに座って話すだけである。
テレビとか、ラジオとか。
まだファミコンは、持っている奴の方が珍しかった時代である。
炎天下の中で、話題は尽きる事がない。
ふと彼女の視線が公園の外の道を歩く、産まれたばかりの赤ん坊を腕に抱いた若い母親に向けられた。
若い母親は笑顔で子供をあやしながら、真夏の青い空の下をあるいている。
彼女が言った。
「わたしも赤ちゃん欲しいな」
「まぁ、大人になったらできるでしょ」
「ねぇ、」
「ん?」
「アンタ、わたしの事が好き?」
そりゃ好きですよ。
好きだから答えられないんです。
そこら辺は察して下さい。
善処して下さい、お願いします。
と言うか、ここで好きだと言えなかった時点でもう駄目なんすよ。
わかっているんですよ~
ここが人生の分岐点だったって~
ここで好きだと言えない奴は、何をどうやったって、この時以上の反応が出来ないんですよ。
このあと、どうなったかと言えば、この日を境に疎遠になり、中学に入る頃には口も聴かなくなり、その辺りでこちらから告白するも相手にされず、そのまま卒業して、高校は別々になり、親の繋がりで結婚したとか、子供が生まれたとか、離婚したという話がたまに入ってくるだけです。
こっちは嫁も子供も無し。
あの時、あのタイミングで勇気を振り絞って初めての告白をしていたら……
まぁ、たぶん何も変わらないんだろうけども、また違った生き方が出来るのかも知れないと思うのです。
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