Old Wild Mild West ~西部桃源郷奇譚~

吉田 テスト

プロローグ 散りゆく花

 ― 1 ― 破られた夢

 ここは西の果て。

 地を埋めるは乾いた砂と痩せた土。

 風が運ぶのは海潮の匂いと回転草タンブルウィード

 焦土にも似た荒野の赤茶けた色をくれないの西日が補強していく。夜はすぐそこだ。正義の味方が姿を消し、無法者アウトローが暴れる時間が訪れようとしている。


 ここは開拓地フロンティア

 男が主役として生き、そして死んでいく場所。

 死んだ後は墓碑すら残らず、人々の記憶からもたちどころに消え去る時代。


 だが男がいるところ、必ず女がいる。

 そして主役の座とは常に流転するのだ。

 女が中心メインとなって暴れることもあった時代と場所――それが西部ウェスタンであった。


 これは一人の少女の逸話。

 歴史の狭間に消えた少女の昔話。

 憧れの影を求め、旅を続ける女の子の青春符。

 五五本のナイフを持ち、動物を無二の親友とする、強くて優しい少女の物語――


  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 思い出とは記憶の中で常に美化されていく。

 恐怖と憧憬どうけい恩義おんぎが入れ混じった場合は特にそうだ。

 混乱。悲鳴。銃声。そして劫火。

 死と光が交錯する極限状況において巡り会ったひとの横顔――それは時間と共に果てしなく流麗なものへと進化していく。その呪縛から逃れられる少女などいるはずもない。

 すべての発端は九年前の一二月二四日。西部開拓史に〝血のブラッディ降誕祭クリスマス前夜イブ〟として刻まれた最悪の夜のことだった。

 彼女はその日、出逢ってしまったのだ。

 絶対に、永遠に、忘却できない人物に……


 シナーノ川のほとりに位置するホーリー・ウッズの村。

 ありあまる水源に恵まれたそこには肥沃な農地が広がっている。人口は五〇〇人にも満たないが、新興開拓地の常として一〇歳以下の子供の占める割合が高かった。

 何しろ娯楽の少ない田舎である。復活祭イースター夏至祭ミッドサマーといったイベントは異様なまでに華やぐのが常である。

 なかでも最高潮の盛り上がりを示すのは、やっぱり一二月二四日だ。


 その夜――


 教会には穏やかな賛美歌が響き、熱い暖炉の前に集った家族は聖者の誕生を祝し、子供は枕元に靴下をぶら下げ、橇に乗ってやって来る太っ腹な老人を待ち侘びていた。今年こそサンタクロースに会うのだと意気込んだ幼子たちは、ベッドで果敢にも睡魔に闘いを挑んだが、次々に力つき眠りに落ちていく……

 そんな中、一人だけ眼を爛々らんらんと輝かせ、煙突の出入口を見張っている少女がいた。


 彼女の名はナオミ・デリンジャー。才気煥発な七歳の娘である。


 ベッドをこっそり抜けだし、焚き火を小さくした暖炉の前に陣取り、毛布を頭からかぶる。緩やかにウェーブがかかった金髪を揺らしながら、ナオミは煌めく炎を見つめていた。

 期待に胸は躍った。もうすぐ午前零時。もうすぐサンタがここにやって来る。できることなら誕生日にもらったエッジソードの01番〈蜂の一刺しピンプリック・オブ・ビー〉をちらつかせてみたい。そんな野望まで抱くナオミであった。


(……万聖節ハロウィンのときみたいに『おごってくれトリックるかい・オアたずらするか・トリート』と脅かすふりをすれば、よぶんにプレゼントをもらえるかもしれない。そうすればサンタが素通りするかわいそうな家の子にも分けてあげられるもの)


 日付が変わってもちっとも眠くなかった。精神が高ぶっていたのは興奮のせいではない。それは薬物を摂取した成果だった。カフェインが脳と血管を駆け巡り、ナオミの意識を無理やり活性化していたのだ。

 家庭教師ガヴァネス台所女中キッチンメイドの目を盗んで台所に忍び込み、コーヒーをがぶ飲みした甲斐があった。子供には毒だといって飲ませてもらえなかったそれは、まるで毒薬かと思うまでに苦かったけれど、まぶたをこじ開ける効果だけはあった。


 だからこそ彼女は聞いてしまったのだ。

 

 眠っていれば聞かなくてもすんだ地鳴りを。

 駆け寄るひづめの響きを。

 荒馬だけが奏でられる疾走音を。


 一頭や二頭ではない。それは集団だ。軍団といってもよいくらいの数だ。

 おかしい。サンタクロースならトナカイに乗って空を駆けてくるはず。夜更けに馬に乗って押し寄せてくる変則的イレギュラーなサンタなんて聞いたこともない。


 ナオミが戸惑っていると、煙突から煤が逆流してきた。途端に何かが落ちてきた。みっともない悲鳴と一緒に。


「あちあちあちあちあちあちあち!」


 それがサンタでないのはナオミにもすぐわかった。

 煙突から飛び出てきたのは子供だった。

 男の子だ。

 年の頃はナオミよりちょっと上くらい。お尻についた火の粉を大慌てで払っている。髪や上着には灰が降り積もり、ケーキのパウダーみたいだった。

灰かぶりのサンドリヨン王子プリンス〟――そんな単語が頭に浮かんだナオミだった。

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