第9談『最期』

A「よう、帰ってきたぜ」


B「何だ、生きてやがったか。しぶてぇな」


A「簡単に逝かせてくれるほど、甘くはねぇってこった。


ま、これも日頃の行いってもんだ」


B「嘘つけ。日がな女の尻ばっかり追っかけてたくせに」


A「それを言うなら、お前もだろ」


B「何言ってやがる、『港に待ってる女がいる』って大法螺おおぼら吹きやがって」


A「んな事、覚えてねぇよ」


B「都合の悪ぃ事は忘れたって言えばいいってもんじゃねぇぞ」


A「そいつは違うぞ。『忘れた』んじゃねぇ『覚えてねぇ』ってんだ」


B「どっちも同じじゃねぇか」


A「『忘れた』ってのは、覚えてた事を忘れるんだろ。


『覚えてねぇ』は覚えようとしねぇんだよ。この差は大きいぜ」


B「こいつ…勝手に言ってろ」


A「おい、これでも客だぜ。ぞんざいに扱うんじゃねぇ」


B「安い果実酒エール一杯で粘ろうって客にはこれぐらいがちょうどいいんだ」


A「言いやがったな、折角人が高いモン注文してやろうと思ったのに」


B「じゃぁ、改めて聞くが…ご注文は?」


A「……やっぱ果実酒でいいや、他のモンはマズイし」


B「結局それじゃねぇか、全く」


A「安くて名物なら、繁盛すんだろ?」


B「俺は『上客』が欲しいんだっての」


A「旅から戻ったらいつも来る『常客』も大切にしやがれ」


B「わーったよ!…ったく今度何か混ぜ込んでやろうか」


A「聞こえてっぞ、冒険者ヴェンチア舐めんな」


B「聞かせてやってんだよ、ほれ」


A「おっ、来た来た。


  んっ……んっ……んっ……んっ……ぷはーっ


  おい、何か薄くなった気がすんぞ、水入れてねぇだろうなぁ」


B「んなわけあるか!」


A「仕入先を変えてねぇか?」


B「ねぇよ!『トリアーノ』に喧嘩ふっかけんのか?」


A「そこまで命知らずじゃねぇよ。


  こりゃ行ったのが、結構なトコばっかだったからかもしれねぇな」


B「そうか?


  ウチから頼んだのは…確かトゥレーナのノブレス氏からの


  タレーナ鉱山の盗掘調査と、悪玉退治だったよな?」


A「あぁ」


B「トゥレーナぐらいなら勝手知ったる距離だろ?


  歩いても10日ぐらいで着いたはずだよな?」


A「それなぁ…ノブレス一族の内輪揉めで見てられなかったぜ。


  最後は、父親と娘の殺し合いまで見ちまったもんだから、


  流石に両方共縄で縛りつけて官憲送りにしてやった」


B「それじゃぁ、貰ったの前金だけじゃねぇか?」


A「まぁ、弾んでたから何かあるとは思ったんだがね…


  『トリアーノ』でウラを取ったら、やっぱりだったわけよ。


  俺だって修羅場嫌いじゃねぇけど、流石に親娘の殺し合いってのは参ったわ」


B「娘がいるオヤジとしては見てられなかったってか」


A「考えてみろって、テメェの娘が短剣持って襲いかかってくるんだぜ。


  『俺って何やってたんだろ…』って受ける気力も湧かなくなるわ」


B「まぁ、そうなるか」


A「そんな一悶着があって、ちょっとフラっとしたくなった所に、


  ミュレット嬢と鉢合わせしてな」


B「ミュレット嬢!【Amber Eyed Bard琥珀の歌姫】じゃねぇか?」


A「あぁ」


B「この辺りに【Korettoコレット】が来てるなんて聞いてねぇぞ。


  次にここまで回ってくるのって、6モアぐらい後じゃねぇの?」


A「本隊はアスマにあって、それからツァン・ラーナム・ハリュ・ピコレットだってよ」


B「結構大回りするなぁ、そりゃ時間もかかるわけだ」


A「ミュレット嬢はトゥレーナ産まれだから里帰りだってよ。」


B「しっかし、粗野の塊のようなテメェが、どうして?」


A「ほっとけ!


  数年前に【Koretto】の踊り子が夜盗に襲われたのを助けて本隊まで送ったんだよ。


  それに感謝して覚えてくれてたんだとさ。よく覚えていてくれたもんだ」


B「特徴のある顔してるからなぁ…」


A「喧嘩売ってんのかテメェ」


B「これぐらい、いつもの事じゃねぇか」


A「…まぁいいや。


  折角だから、アスマまで彼女を護衛する依頼をタダで請けてたのさ」


B「手、出してねぇだろうな?」


A「出すかよ!親娘ぐらいの差があるっての。


  送り届けたついでに、旅行がてらラーナムまで本隊の護衛してきたのさ」


B「アスマにツァン、ラーナムか…大都市ばかりだな」


A「旅費はアチラ持ちだから、羽根を伸ばし放題だろ。


  旨いモンはあるわ、旨い酒はあるわ、舞台稽古は見放題だわ。


  物見遊山としては最高だったぜ」


B「そこまで自慢しておいて、土産が話だけってわけじゃねぇよな?」


A「そう言うだろうと思ったから、ほれ」


B「これは…アプリコットの酒か、この辺りまでは中々に出回らん代物だな」


A「ツァンの名産がアプリコットだからな、あとはこれだ」


B「これ…琥珀の原石じゃねぇか!どっから盗ってきたんだ!」


A「人聞きの悪い事言うなよ。


  これはミュレット嬢から護衛のお礼として直々に貰ったもんだ」


B「ホントかよ?」


A「証がねぇから、眉唾だと思うかもしれねぇが、


  ウチに持って帰って、ガキが落として壊しちまうかもしんねぇから、


  ちょっとの間預っといてくれ」


B「仕方ねぇな、店としても箔が付くから置いといてやるよ」


A「悪ぃな」


B「所でよぉ、道すがら知ったんだが、最近この辺りがキナ臭いって聞いたぜ」


A「耳が早ぇな、おい。


  ついに『バリエンテ』が仕掛けてくるって話を『トリアーノ』の連中が言ってたな」


B「単なる噂に過ぎねぇんじゃねぇの?」


A「いや…結構な大事になるだろうって俺は踏んでるね」


B「何故?」


A「オヤジの勘…って言いてぇトコだが、


  『トリアーノ』絡みの依頼がちょっとずつ増えてやがんだ。


  しかもどう見ても初心者向きじゃねぇのがな…」


B「どんなのよ」


A「そうだなぁ…こんなんとか」


B「『薬師の護衛』?そんな大事じゃなさそうだがね」


A「下を読んでみな」


B「うん?ルーサ…?『トリアーノ』の敏腕の別名か」


A「おぅ、そんな所に新米なんて紹介したらどうなる?


  そいつらの命がいくつあっても足りねぇし、


  こっちの信用にまで瑕がついちまうからな」


B「だが、ずっと高見の見物ってワケにもいかねぇだろ」


A「なぁに、アイツ等だって正面からぶつかろうって事はしねぇさ。


  街を荒らそうとまでは考えちゃいねぇだろよ」


B「食い扶持ぶちがなくなるのは避けてぇもんな…


  他にはどんなのがある?」


A「他か…これと…これ…これもそうか…」


B「『葡萄の収穫』に『物資輸送』…これは『カジノの黒服』か。


  いかにもって感じの依頼ばっかだな」


A「依頼を持ってくる奴の様子はどうよ?」


B「焦ってるようには見せねぇように振舞っちゃぁいたが、


  ありゃぁ嘘だな。結構煮詰まってんだろうよ」


A「確証は?」


B「俺だってテメェと組んでたから、目は腐っちゃいねぇよ。


  アジトとココの距離はそんなに離れてねぇのに、


  顔見知りの使いっ走りが汗だくだったからな」


A「となると…前金は弾むかもしれねぇなぁ…」


B「お、何かやる気か?」


A「俺だって長年冒険者やってんだ。


  ノブレス氏の件でも世話になったからな。これも持ちつ持たれつってヤツよ」


B「とはいえ、誰とも組んでねぇんだろ?」


A「勝手知ったる奴等と組むのも悪かねぇが、


  独りだと何時刺されるかわかんねぇ緊張感が生まれるからいいんだよ」


B「その考えだけはよくわかんねぇわ。娘がいるだろうに」


A「いてもいなくても変わんねぇよ。


  俺にゃ、コレしかなかったんだからな」


B「独りで言ってろ」


A「…おし。『黒服』にすっか。


  動きっぱなしが、ちょっと身体にくる歳になっちまったからな。


  依頼人もスゥエインだろ?顔が効く分、やりやすくなんだろ」


B「ほれ、これが依頼書だ」


A「すまねぇな。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」


B「おい!酒代!」


A「そんなもんツケとけ、気が向いたらまた払ってやるよ」


B「テメェ…さっさとどっかでくたばっちまえ!」


A「へっ、くたばったら化けで出てやらぁ!」


B「出てくんじゃねぇぞ、この野郎!」

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