第8談『桜下(おうか)』

A「あ、こっちです!こっち!」


B「あら、そんな所にいたの?全然気付かなかったわ」


A「いやもぉ・・・…場所取りがこんなに大変だったなんて知りませんでした」


B「えっ?花見が初めてじゃないんでしょ?」


A「そうなんですけど、場所取りをするという事がなくて」


B「そうだったの?」


A「はい。実家から歩いて10分ぐらいでお城の跡地があって、


そんなに場所取りに苦労した事がなかったんです」


B「そっか、ロケーションとしては最高だもんね」


A「遅くても、お昼を食べた後でも間に合うぐらいです」


B「じゃぁ、朝から場所取りしてって言われた時は?」


A「この人何言ってるんだろうって感じで・・・」


B「悪かったわね『この人』で」


A「なんで、人波に揉まれながら軽く後悔しました」


B「でも、ここって結構な穴場なのに初めてでよく取れたわね」


A「運が良かったんです。溺れかかった時に、


  お爺さんに『孫娘に面影が似てるから話に付き合ってほしい』って声をかけてくれて」


B「新手の勧誘じゃないの、それ?」


A「そんな事はなかったですよ。


  着物姿のお爺ちゃんやお婆ちゃんに囲まれてお話ししただけですもん。


  私お婆ちゃんっ子なんで、あの雰囲気は懐かしかったなぁ……」


B「で、そのグループは?」


A「『夜桜は身体が冷えるから』って言って、お昼過ぎに帰っちゃいました。


  この場所はおしゃべりのお礼に譲ってくれたんです 」


B「今回は何もなかったみたいだけど、次は気をつけなさい」


A「そうします」


B「話聞いてたら、ちょっとぬるくなっちゃったかもしれないけど、はいこれ」


A「わー、ありがとうございますって、ビールじゃない…」


B「勿論ノンアルコールよ。待ってる人間が先に出来上がってるようじゃ、


  後で何言われるかわからないわよ」


A「それはそうなんですけどぉ…」


B「まだそんなに温くなっていないんだから、愚痴らない愚痴らない」


A「はーい、わかりましたぁ」


B「あとこれね、『餡洛アンラク』のさくら饅頭とみたらし団子。


  こっちは本物だから」


A「あ、本当だ。洛の文字が入ってます」


B「すぐに売り切れるんで急いでくださいって言われたから、


言われた通りにしたんだけど、あと10個ぐらいで売り切れそうだったわ」


A「『餡洛』の商品は全て手作りなんで、数に限りがあるんです」


B「大量に作るのが、決していいとも言えないものね。


  あら?もうビール開けたの?」


A「もう待ち切れません」


B「わかったわよ、はい乾杯」


A「かんぱーい」


B「こっちも温かいうちにいただきましょう」


A「はーい、いただきまーす」


B「あ、おいし。甘くなさすぎるのがいいわね」


A「ちょっと塩味が効いてて、ビールに合うんですよ」


B「やっぱり、まだ私達には花より団子なのかもね」


A「そんなことないですよ!ちゃんと桜も楽しんでますよ」


B「みたらしのタレを口元にくっつけたまま言われても説得力無いわ」


A「そう言われたら言い返せなくなっちゃいますけど、


ちゃんと花を見て楽しんでいるんですっ!」


B「じゃぁ、その証拠は?」


A「ちっちゃな頃から桜の花びらを集めてるんです」


B「へぇ?どうして?」


A「地元にいた頃、近くにお城の跡があるって言いましたよね?」


B「えぇ」


A「そこでお爺ちゃんとお婆ちゃんと初めてお花見をした時に、


  急にテンション上がっちゃったみたいで、枝にぶら下がって遊んでたんですよ。


  そうしたら、いつもは優しいお爺ちゃんにひっぱたかれて、


  痛くはなかったですけど、その音は未だに覚えています。


  そのあとは『桜の気持ちになりなさい!』って真剣に怒られて」


B「そう…」


A「あまりの事で大泣きしちゃった私の背中を優しく叩きながら、


『じゃぁこうしよう。


  落ちてる桜の花びらを一枚拾ってくれないか?』って言ったんです」


B「…………」


A「どうしてって尋ねたら、


  『この一枚を手のひらに乗せて、昔の友人の事を思い出すんだ。


  せっちゃんも、お爺ちゃんってこんな事してたなぁって


  覚えててくれたら嬉しいなぁ』って笑ってました。


  その時はたくさん集めちゃって、困った顔されましたけどね。


  これがお爺ちゃんと喋った最期の記憶になっちゃいました」


B「…………」


A「遺品を整理してたら、日付が書かれた小さな袋に桜の花びらが一枚入ってて、


  毎年同じ事を繰り返していたんだなぁって感動して、


  これは、私が引き継がなきゃって幼心に思ったんです」


B「じゃぁ、それから毎年?」


A「はい。今年の花びらもちゃんとキープしましたよ」


B「自分の事を覚えて守ってるだけで、お爺さん喜んでるでしょうね」


A「そうだといいですね」


B「…………」


A「…………」


B「私はね…実は桜って嫌いだったの」


A「そうなんですか?」


B「えぇ。今でこそこうやってお花見してるけど、


  その年によって、咲く時期がずれる事ってあるでしょ?」


A「暖かい日ばっかりで、早い時期に咲き始めて


  お花見シーズンになった頃には、すでに桜が散り始めてるという事ですか?」


B「そう。


  3月の半ばから咲き始めると、卒業シーズンじゃない?」


A「はい」


B「私が卒業を迎えた年は、全て暖冬で早咲きだったから、


  桜並木の下で友達と離れる思い出しかなかったの。


  しかも海を渡る同期が多くて中々逢えない事がわかってたから余計にね」


A「…………」


B「只でさえ桜が嫌いなのに、更に拍車をかけたのが男運のなさ」


A「男運…ですか?」


B「そう。


  今まで付き合った人とみんなこの時期に別れててね。


  軽いものから重いものまでよりどりみどりだけど…どれか聞いてみる?」


A「い、いえ・・・遠慮します」


B「そう?


  まぁ、脱線するからまたいつかの機会という事にしておきましょ。


  あまりにも嫌いだったから、卒論のテーマは、


  『クリティカル・シンキングから捉える桜』で半分ぐらい完成してたんだけどね」


A「クリティカルシンキング?」


B「和訳すると『批判的視点』。平たく言うとアンチってやつね」


A「筋金入りですねぇ」


B「それで、重い振られ方をした後で、桜を見つめて呆然としてたの。


  桜を見ている誰もがが幸せそうな顔を眺めて、昏い気持ちを引きずっていたんだけど、


  ふと思ったの。


  『桜って下を向いて咲く花なんだ』って」


A「下を向く花?」


B「大半の植物って上を向いて花が咲くのよ。


  典型的なものってやっぱり向日葵ね。


  漢字からして太陽を向いて咲く花なんだから」


A「そうですね」


B「チューリップや蒲公英も植物目線で考えたら上を向いているでしょ?


  種を飛ばしたり昆虫に花粉を運んでもらうためには都合がいいからね」


A「…………」


B「でも下を向く桜は、


  高さによっては、目線の高さまで降りてきてくれるでしょ。


  風で揺れている桜の枝って優しく語りかけてくれるみたいで


  それが妙に元気づけたり勇気づけられたりする。


  こうやって人の想いを吸い込んでくれる植物が桜なんだなぁって思ったら、


  これ以上アンチに書けないと思って、全て消しちゃったの。


  1から創り直しになった時はちょっと後悔したけど、


  あの時思いを変えていなかったら、今こうしていられなかったでしょうね」


A「そんなことがあったんですねぇ…」


B「『人に歴史あり』ってね。でも今日はちょっと喋り過ぎたかしら」


A「そうですよ、飛ばし過ぎですよ。夜までもちますか?」


B「大丈夫大丈夫。これでも顔には出ないってよく言われるから」


A「えっ?それはどういう…?」


B「はい、これ」


A「これってノンアルコールのビールじゃ…って本物じゃないですか!


  自分だけ本物を飲むなんてズルいですっ!」


B「『酒はダメだ、アレは人を軽くする…』」


A「何を恰好つけてるんですか、もうっ!」

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