第6談『惜別』

A「兄貴」


B「おぉ、帰ってきたか」


A「こんな時期じゃなくっちゃ帰れないから」


B「大変だなぁ、フリーってのも」


A「今は何とか食い繋ぐ仕事があるけど、次が保証されてる世界じゃないからね」


B「厳しい世界だよなぁ。そう言えば何だっけ?」


A「ん?何が?」


B「2年前だったかなぁ、夭折ようせつされた先輩の言葉」


A「永江先輩の言葉?病床で『私の代わりはいるんですね…』って」


B「それを聞いて、言葉が出なかったよ」


A「欠員が出たらすぐ代わりを探すのは何処の会社でも一緒じゃない?


 特にこの世界は、仕事に穴を開けるのは御法度だからね」


B「おちおち休んでもいられない…か。


  悪かったな、こんなタイミングで呼び出して」


A「気にしないでよ。望んで此処にいるんだし、


  その分の仕事はこなしてきたからね。最後の方はちょっとキツかったけど」


B「お前なぁ…それが一言多いってんだよ」


A「兄貴しかいないんだから、愚痴こぼしてもいいじゃん」


B「お前の世界は、あらぬ舌禍が大きくなるんだろ?油断は大敵」


A「大丈夫だって、これでも周りからは『あまり喋らない』で通してるから」


B「それは、仕事と言う部分ではどうかと思うけど、


  兎に角、気を付けな」


A「へーい、わかったわかった」


B「返事は一回」


A「へいへい」


B「一回」


A「わかった。ありがと」


B「それでよし」


A「それで、あのプレハブを?」


B「あぁ、所々脆くなってきたから、取り壊す事にしたんだ」


A「そうかぁ、ついに壊すんだ」


B「名残は惜しいけど、


  柱が白蟻に喰われてて、建ってるのもやっとだったらしいよ」


A「そこまでひどかったんだ…」


B「母さんの遺品の整理をしようとしてクローゼットに近づいたら、


  思いっきり床を踏み抜いて怪我しちゃってさぁ」


A「何?大丈夫だったの?」


B「まぁ、軽い擦り傷程度で済んだから良かったけど、


  こんなんじゃ、でかい台風が来た日にゃ持たないだろし、


  万が一竜巻に巻き込まれて、プレハブが飛んだら他の人に迷惑になるから」


A「レアケースじゃない、それ?」


B「小数点以下の可能性であっても、0じゃないなら0の方が安心できる」


A「兄貴…口癖が親父に似てきたな」


B「年を取るってのは、そういう事だよ」


A「…………」


B「…どうした?」


A「いや、色々思い出しちゃってさ」


B「毎日見てた俺でも感傷があるんだから、お前にとっちゃ尚更か」


A「まぁね」


B「勉強部屋とか言っておきながら、結局遊び場扱いだったなぁ…


  よく邪魔されて誘惑に負けたもんだ」


A「閉め出されて風邪ひきそうになった事もあったよ」


B「当たり前だろ。入試前に堂々とエロ本読んでたら、こっちが気が散るだろ」


A「いやまぁ…その節は申し訳ありませんでした」


B「今更謝られてもなぁ…まぁいいけど。


  もう解体の業者さんが入ってるから、中には入れないと思ってさ」


A「え?何?」


B「部屋の中を写真に遺しておいたんだ」


A「ホント?見せて」


B「あぁ、いいよ。ほれ」


A「うわ『GAPS』のポスターとか超懐かしいじゃん。


  使ってなかったの部屋?」


B「下宿するようになってからは、たまにしか帰ってこなかったし、


  お前が残って部屋を使うはずだったけど、


  俺等が家を出たのって、ほぼ同じタイミングだから


  あとは物置きみたいな扱いになってたんだ」


A「これは『プリアーク』……これは『EK-Works』


  あ、『Qublic』もあるじゃん。明理あかりちゃん可愛かったなぁ」


B「貼らないポスターまで買ってきて、どうすんだって言ったの覚えてる。


  結局どうしたんだ、あの貼らないポスター?」


A「まだ俺の家を探せば、出てくると思うけど」


B「適当に処分しないとそのうちゴミ屋敷になるぞ」


A「そうならないように気を付けるって」


B「あと、何か言わないといけない事があったんだ。


  え~っと・・あ、これだこれ!」


A「何怒ってんだよ……って、これエロ本じゃん!」


B「ナンバーロック式の鍵までご丁寧に付けてたから、


  箪笥貯金でもしてたのかなと思ったらこれだ。


  しかも暗証番号が『1111』なんて、そんな鍵よく見つけてきたな」


A「いやまぁ、早く読みたかったから」


B「解りやすすぎるわ、処分する時にやけに気恥かしいわ、


  踏んだり蹴ったりだよ」


A「いやまぁ……その節は申し訳ありませんでした」


B「反省してないだろ、全く」


A「へへっ…あ、これも遺ってたんだ…」


B「あぁ、落書きな。ポスターを剥がしたらあったよ」


A「『野球盤』とかゲームのソフトとか買ってもらえなかったから、


  ダイヤモンドの絵を描いたり、1面の構図を憶えて壁一面に描いた。


  しっかし、下手な絵だなぁ」


B「サイコロ2個で野球が出来るルールを作ってねぇ」


A「あったあった!守備のルールを全然考えなかったから、


  バスケの試合みたいな打ち合いにしかならなかったんだっけ」


B「ワンチャンスでひっくり返る事が多かったから、結局9回までやって


  俺たちの粘り強さのルーツは、此処にあったんだろうね」


A「遊び道具がないならないなりに、色々と考えて遊んでたけど、


  やっぱり本物で遊びたかったのはあるなぁ」


B「そう言う所、母さん厳しかったからね」


A「怒られたという記憶しか残ってないや」


B「父さんがのんびり屋さんだったから、余計にね」


A「反抗期の時なんか、週一ぐらいしか喋んなかった事もあったよ」


B「そうそう。スナック菓子を持ちこんで『籠城だ!』って息巻いて」


A「…………」


B「結局、お腹が減って勝手に陥落しそうになったタイミングで、


  俺が晩御飯持って配膳係やってたの」


A「思い出すだけでも恥ずかしいから言うなよ」


B「誰も聞いてないんだからいいじゃん」


A「まぁ、殴り合いまで行かなかったけどよく衝突したなぁ」


B「父さんとは『また家庭内冷戦だ』って冷や汗かいてたよ」


A「今となっては、どうしてあんなに反りが合わなかったんだろうって思うよ」


B「やんちゃしそうになってたのを、懸命に止めてたって言ってたな」


A「多分それが鬱陶しく感じたんだろうね。


  『早く出てってやる』って何時も思ってた」


B「けどな、本当にお前が上京してった時、


  一番寂しがってたの母さんだって知ってた?」


A「え?何それ?」


B「父さんから後で聞いた話だけど、俺が家を出るというのは、


  最初っから戻ってくるって知ってたから許してくれたけど、


  お前は戻ってくるつもりもなかっただろうし、しかも上京だろ。


  流石にうろたえてたらしいよ」


A「そんなに?」


B「いきなり『俺、上京するから』って一言だけじゃぁ、混乱はするよな」


A「確か、その一言だけで出てったんだっけ…あれからどうなったの?」


B「誰も話を切り出せなくなって、結構な時間エアコンの音しかしなかった」


A「そっか…」


B「それで『貴方はもう寝なさい。これからお父さんと話をするから』って


  閉め出されて戻ったら、真っ青で半ベソかいてたお前がいて」


A「あの部屋で自分がやりたい事を一方的に喋って…」


B「あまりに速く喋るもんだから、半分以上聞き流して…」


A「聞いてなかったのかよ!」


B「大事な所はちゃんと聞いてたよ。


  とりあえず、一晩寝かせたら考えも変わるかなって思ってたからね」


A「だからさっさと布団を敷いてたのか」


B「結局、そのまま夜明けまで喋ってたから作戦は失敗して、


  反対に僕が怒られちゃうってオチがついたんだけど」


A「…………」


B「じゃぁ、どうして母さんは上京したのを許したんだと思う?」


A「そこは今でもよくわかってないんだよね。


  当然反対されると思ってたんだけど…」


B「上京の前の日だったかなぁ……


  旅支度をしているお前を除いた3人で話をしたんだ。


  当然、僕も反対するんだろうなぁって思ってた」


A「うん」


B「どころが全然逆で、反対したのが父さんと僕。


  最初に上京を認めたのは母さんだったんだよ」


A「えっ!」


B「僕も父さんも唖然としたよ。


  間違いなく反対するだろうなって思ってたから。


  でも母さん、こう言ったんだ。


  『自分がやりたい事がちゃんとあると言うんだからやらせましょう。


   大学は目標がまだ決まっていない人が行く所よ』ってね。


  これから大学生活だって息巻いていた僕には、耳の痛い言葉だったなぁ」


A「…………」


B「壁の落書きだって、ポスターだってそう。


  まぁ、ちょっとは小言はあっただろうけど、厳しくは言われなかったろ?」


A「『部屋ならいいけど、外でやっちゃダメ!』ぐらいかな」


B「だから、


  お前が自分でやりたいと思った事は、母さんは止めなかったし、


  逆に『流行ってるからやりたい』って言ったものには反対してたんだって」


A「そっか…」


B「上京の際には『反目してた方が、


  田舎には帰りたくないって覚悟が揺らがないだろうから、


  私は見送りには行かないわ』だって。


  そう言いながら、お前が出てた作品は全部録画して、名前が出たら拍手して、


 『あの子が困ってたら助けてあげて』って言い残して逝っちゃうんだもん。


  最期まで大したピエロだよ…」


A「知ってた…」


B「え?」


A「だってさ、東京出る時に兄貴が渡してくれたおにぎり弁当。


  母さんの漬けた浅漬けが沿えてあったんだ。


  あれが母さんなりの応援なんだと思ったら…」


B「気付いてたんだな」


A「当たり前だよ。妙に塩辛かった分、塩の付いてないおにぎりが美味くてさぁ…」


B「…………」


A「うまくってさぁ…」


B「泣きたいんなら泣けって。誰も聞いちゃいないさ」


A「ぐすっ……ぐすっ……」


B「よく見とけよ、もう最期だから」


A「あぁ……」


B「忙しいかもしれないけど、墓参りには帰ってこいよ。


  二人とも喜ぶと思うからさ」


A「…わかったよ」


B「今日ぐらいは時間あるんだろ?泊っていけよ」


A「…………」


B「…………」

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