第5談『勘違い』
A「あ~もう……降ってきちゃったかぁ」
B「あれ?偶然ですね」
A「あら、本当ね。まさか狙ってる?」
B「実はそうなんですよ、と言いたい所ですけど、
残念ながら偶然です」
A「乗ってくれればよかったのに」
B「あらぬ誤解を招いたら失礼ですから」
A「じゃぁ、今日は?」
B「5時半に検診の予約してたんですけど、ちょっと手間取りまして、
1時間押しちゃったんです」
A「へぇ……何があったの?」
B「それはコンプライアンス上の問題で…」
A「そう来ると思ってた」
B「すいません」
A「いいわよ。気にしてないから」
B「しかし、雨ですかぁ…参ったなぁ」
A「うん、夕立っぽいわよ。雷が
B「うわぁ……勘弁してほしいなぁ」
A「あら、苦手なの?」
B「反対に好きって言う人いるんですか?」
A「うん。いるわよ」
B「まさか、即答で返ってくるとは思いませんでした」
A「ウチの後輩で、雷の写真を集めてる子がいるもん」
B「それは、凄い趣味ですね」
A「彼女が言うには、
『雷が落ちる瞬間の写真には
B「面白い感覚ですね、それ」
A「お母様がフォトグラファーで色々な写真を見てきたらしいの」
B「でも、それって映像ですよね?音は?」
A「『やっぱり苦手』って笑ってたわ」
B「それじゃぁ、僕と一緒じゃないですか」
A「やっぱり、聞き慣れない大きな音って嫌なものね」
B「それで追い打ちに豪雨がやってくるんですから、堪ったものじゃないですよ」
A「折りたたみぐらいは常備してるんじゃないの?」
B「降水確率が0%と10%でしたから持ってこなかったんですよ」
A「それは、リスクマネジメント不足なんじゃない?」
B「返す言葉がありません」
A「まぁ、仕方ないわ。濡れるしかないわね」
B「別に濡れる事は気にしないんですけど、洗濯物が干しっぱなしで…」
A「勘違いの代償ね。それは諦めるしかないわ」
B「そうですよねぇ…参ったなぁ…」
A「あ、そうそう。思い出したわ」
B「何かありました?」
A「朝礼のスピーチで『勘違い』をテーマに喋ったわ」
B「へぇ……そんな事やってるんですか?」
A「あら?そっちじゃやらないの?」
B「朝礼って月初に、早めに出社して上司の話を聞くだけですね。
テンションは低いし眠いし、この時期は更に暑いしの三重苦ですよ」
A「考える方も大変なのよ。新聞から旬な話題を用意して、
それを調べて、自分なりの意見や行動に反映させていくって、
無茶苦茶手間暇のかかるスピーチなんだから」
B「聞くだけで気が遠くなりそうです」
A「まぁ、小ぢんまりとしたミーティングの中のスピーチだから、
そんなに固いテーマになる事はないの。
ミーティングの最後に、適当にテーマを設けるの。
明日はコレで行きましょうって、軽いノリで決まるのよ」
B「それで昨日が『勘違い』だったと?」
A「そういうこと」
B「それで、どんな話をしたんです?」
A「ちっちゃな頃の話なんだけどね…
テレビでやってるドラマとかあるでしょ?」
B「最近テレビ観ませんけど、作品によっては話題になってるみたいですね」
A「じゃぁ、想像してみて」
B「えぇ」
A「この世界は、刑事ドラマの世界です。
犯人が車に乗って逃走していきました。
2人の刑事が高そうなスポーツカーに乗って追いかけていきます」
B「………………」
A「さて、どんな音楽が流れているでしょうか?」
B「カーチェイスに相応しい派手な音楽が流れてますね」
A「さて、その音楽はどうやって流れているんでしょうか?」
B「そりゃぁ、音楽を担当される方が用意した曲を差し込むんでしょう?」
A「それは大人になったからわかる事で、
それを知らないちっちゃな頃だったらどう考える?」
B「え、えーっと…」
A「難しく考えたら出てこないと思うわ。もっと単純に」
B「え?まさか…追っかけたと?」
A「そうなの。
カーチェイスの隣にオーケストラやバンドの人を載せた車が並走して
音楽を演奏していたって思ってたの」
B「リアリティに欠けるとは思わなかったんですか?」
A「リアリティなんて言葉も知らなかった頃の話よ。
一所懸命に車を追いかけながら演奏してたんだと思うと
真面目な場面なのに大笑いしちゃって止まらなかったわ」
B「気付きます?そんな所?」
A「物心が付いた頃からだったらしいわ」
B「……純真だったんですね」
A「それ、どういう意味?」
B「他意はありませんよ。素直に受け取っちゃってください」
A「な~んか、腑に落ちないわねぇ…はい、じゃぁどうぞ」
B「え?何か?」
A「『勘違い』のエピソード」
B「え?いきなりですか?」
A「そう。いきなり」
B「ん~…困ったなぁ……昨日のでいいですか?」
A「そんなタイムリーな話題があるの?」
B「まぁ…そうですね、恥ずかしながら」
A「で、何があったの?」
B「いやぁ、最近あっついじゃないですか」
A「外回り大変そうだもんね」
B「昼は当たり前なんで、腹を括ってるんですけど、
流石に夜は快適に過ごしたいじゃないですか」
A「夜にも熱中症が起こるリスクがあるって言うもんね」
B「僕自身は、寝る前のスポーツドリンクと、
タイマーで冷房を使って凌いでるんですけど」
A「えぇ」
B「タイマーが切れちゃうと、やっぱり暑くて起きちゃうんですよ」
A「朝までかけないの?」
B「電気代がもったいないような気がするのと、
クーラー病になったら、それこそ外回りができなくなるんじゃないかって思って」
A「なるほどね」
B「起きてる時はそうは思ってるんですけど、
流石に起きたばっかりなら、本能が勝っちゃうわけで」
A「改めてつけちゃうと」
B「でも僕、これじゃないですか」
A「そうじゃなかったら、ここには来ないわね」
B「ぼんやりした視界でリモコンを探すんですよ」
A「冷蔵庫とかに入ってて見つけるのに苦労するとか?」
B「流石にそこまではないですよ。
「これはここに置くんだ」というマイルールは守ってますから」
A「何だ、見つかるんだ。残念」
B「残念が何を言いたいのかは聞きませんけど、ちゃんと見つかるんです。
それで、エアコンをつけてパタッと寝ちゃうんですね」
A「えぇ」
B「そして朝になって起きたら、妙に暑くて汗だくになってたんです。
変だなぁと思ってシャワーを浴びて部屋に戻っても全然涼しくなくて、
何やったんだろうって身支度しながら、エアコンのリモコンを見たんです」
A「え?ひょっとして…」
B「はい。気付かずに『暖房』をかけて寝ちゃったみたいです」
A「気付かなかったの?」
B「えぇ、睡眠欲が勝ってたみたいです」
A「何度になってたのそれ?」
B「『暖房』も『冷房』も28℃になってました」
A「間違いなく電気代は食っちゃうわね」
B「来月の明細はお目にかかりたくはないです」
A「でも、よく熱中症にならなかったわね」
B「こればっかりは運が良かったとしか…」
A「スペア用の眼鏡は作っておいた方がいいわ。
ちょっと懐は傷むかもしれないけど、ないよりはあった方が気分は楽になるはずよ」
B「自己投資と割り切ると?」
A「そういうこと。これも一種のリスク管理ね」
B「そうする事にします。おっと、呼ばれたんで先に行きます」
A「雨が本降りになってなければいいわね」
B「それは切にお願いしたいですね…」
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