第2談『夢』

A「はい」


B「わ、つめたっ!」


A「ビックリした?」


B「そうですよ、ここで会うなんて思いませんでしたもん」


A「車を車検に入れてるから、今日は電車通勤なの」


B「駅で会うなんて、凄いレアケースですね」


A「まぁね。はいこれ。ブラックで良かった?」


B「いただきます。ありがとうございます」


A「……」


B「……」


A「……ふぅ」


B「……はぁ」


A「あ、ブラック苦手だったっけ?ゴメンね」


B「いえ、大丈夫です。貰ったものは最後までいただきますから」


A「おっ、体育会系ね。嫌いじゃない」


B「ありがとうございます」


A「あと仕事中じゃないんだから、そんなに固くならなくてもいいわよ。


  もっと普通にしてくれないと、こっちまで仕事モードになっちゃう」


B「はい」


A「わかった。次の一口を飲んだら、お互い素になりましょ。」


B「えっ?えっ?」


A「はい、スタート」


B「えっ?」


A「…………」


B「…………」


A「はーっ……これが紅茶じゃなくて麦だったらなぁ……」


B「へぇ、ビールですか?焼酎ですか?」


A「焼酎焼酎。どうも炭酸って好きじゃないのよね。あなたは?」


B「私下戸なんで、お酒全体がダメなんですよ」


A「へぇ~……じゃ飲み会とか大変だったんじゃない?」


B「注ぐだけ注いで、飲まないテーブルに引っ込んでました」


A「でも分かるの?飲む飲まないって?」


B「栓の開いてないビール瓶を探したり、


  烏龍茶を頼んでいる人の声を聴き分けたり」


A「それでもダメな時は?」


B「寝たふりしてやり過ごします。


 料理が食べられなくなっちゃうのはキツイですけど」


A「そりゃ大変。次のために覚えとくわ。覚えてればの話だけど」


B「そうしてくれると助かります」


A「………」


B「………」


A「そういえば、さぁ……昔持ってた夢ってある?」


B「何です、いきなり?」


A「ちょっと前のコマーシャルなんだけど、


  『貴方の夢叶えます』って募集をかけた


  キャンペーンがあったじゃない」


B「あ、ありましたありました。私出しましたもん」


A「え?本当?」


B「えぇ。外れちゃいましたけど」


A「何やりたかったの?」


B「戦隊もののヒロインをやりたかったんです」


A「へぇ~……演じる側をやりたかったんだ」


B「いえ、違うんです」


A「え?それじゃぁ……」


B「『中の人』をやりたかったんです」


A「あ、『スーツアクター』……じゃなくて


  『スーツアクトレス』って言うんだっけ?」


B「そうですね、それです」


A「どうして?テレビに出てみたいって思うのは子供心にわかるけど」


B「やっぱり変身後の方が強くて格好良く映ったんです。


  役者さんが変身した途端、無茶苦茶強くなるんですから」


A「うん。わかるわかる」


B「結局、別の人が殺陣をやってるんだと聞いた時はショックでしたけど、


  それでもトレーニングは積んでたんです」


A「そこまで本格的にやってたのに、どうして諦めたの?」


B「その……大きくなりすぎちゃったんです」


A「え?大きくなりすぎたからって?」


B「そこじゃないです。


  役者さんと同じ身長じゃないと、観ててもおかしく映るんです」


A「あ~、『大は小を兼ねる』とはいかない訳かぁ」


B「こればっかりは、 親に文句を言ってもどうにもなりませんしね」


A「叶ってたら?」


B「そりゃぁ、相手を薙ぎ倒し放題ですよ。スカッとするんでしょうねぇ」


A「あら?ストレス溜まってるの?」


B「えっと……ノーコメントでお願いします」


A「うふふ……」


B「…………」


A「アタシはねぇ……気球が欲しかったなぁ」


B「気球って、おっきなバーナーで空気を温めて飛ぶ?」


A「それ以外に気球って呼ぶものってあるかしら?」


B「そりゃそうですね」


A「ゴンドラに乗って飛んでいきたいの」


B「ストレス、溜まってるんですか?」


A「否定はしないわ。でもそれとこれとは別の話」


B「と言うと?」


A「アタシ、ちっちゃい頃は転勤族でね、


  覚えているだけでも、金沢・三原・釧路・長崎・浜松と転々としたの。


  長くても2年、半年だけという所もあったわ。


  『何処が故郷?』って聞かれても、わかんなくなるぐらい」


B「へぇ……」


A「でもねぇ。やっぱり転校するって決まった時からずっと寂しかったし、


  移動の電車の中じゃぁ、何度も泣きそうになってた。


  だから、気球があればすぐに戻れるのにってね」


B「そうだったんですか……」


A「でも、まだ諦めてない」


B「えっ?」


A「友達はアタシの事を忘れてると思うけど、


  通った母校の数なら、誰にも引けを取らないと思うの。


  だから、気球に乗って母校まで行きたいなぁって」


B「素敵ですねぇ」


A「あ、これオフレコね。誰にも言わないでよ」


B「わかってます。極秘扱いにしときます」


A「貴女のも、胸にしまっておくからね」


B「そうしてくれると助かります」


A「さっ、電車が来たみたいだからアタシは行くわね」


B「私は鈍行なんで、もうちょっと待ってます」


A「そう。面白い話ができてよかったわ」


B「私も楽しかったです。ありがとうございました」


A「じゃね」


B「はい」

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