落陽

少年は、いつしか女の王と呼ばれるようになっていた。

少年を慕うのは、もはや女だけに限らなくなっていたが、成り行き上、女の王と呼ばれることが多かった。

無視できない勢力のトップといっても、少年本人はそのリソースを行使したりしようともせず、暴力行為や略奪行為も行わなかったので、地元の不良グループやその背景にいる暴力団も、つけいる隙がなかったというか利害が発生しないので対立が起こらなかったというか、とにかく周りが警戒もなにもしないでいるうちに一気に勢力が拡大したかたちだった。

略奪行為などを一切行わなかったというのは、少年の道徳規範が特に優れていたというわけではなく、どうも少年にはそういう発想が一切なかったようであった。


結果として、周りと衝突しないあいだに少年の勢力は拡大していった。

社会に対して弱いものたちの掃きだめ、不良少年グループにおいてさらに立場の弱い女達からの、支持を集めた王。弱者の中の弱者の王。

少年本人も気付かない間に、少年は女の王となっていった。


少年が他の不良グループとの抗争に巻き込まれたのは、後輩のスケーター集団の縄張り争いに協力してしまったのがきっかけだった。

後輩達が、いつもいる遊び場を追い出されそうなので何とかできないかという相談にのったのがいけなかった。


どうも話を聞いていると、後輩達が迷惑行為をくり返しているので付近の住民達や他のスケーターから苦情がきているというのが実情であった。

ふつうのスケーターは、周りに迷惑がかからないように気を配って練習している。後輩達はどっちかというとスケーターというより不良集団としての性格が強く、そのことを周りから注意されたことへの逆恨みからくる相談であった。

悪いのは後輩達だからと、少年は意に介さなかったのだが、これが後輩達スケーター集団の恨みを買うことになる。


恨みを買ったのはスケーターだが、最初に敵対したのはスケーターではなくてバイカー達であった。

この地域のバイカーは大きくわけて2種類のチームがあって、ひとつはエンジェルス、もうひとつはロッカーズと呼ばれていた。

違いは、片方はスティードに乗った不良達で、もう片方はSRに乗った不良達である。

このうちのエンジェルスがまず最初に少年に敵意をあらわにした。


なぜエンジェルスが少年と敵対したかというと、エンジェルスのボスと交際している女も少年に助けられたことがあったからだった。そのことでボスは恩を感じるどころか、嫉妬心からずっと、少年のことを良く思っていなかった。ちょうど少年がスケーターと揉めたことをきっかけに、便乗して少年への抗争をはじめたのだ。

不良少年同士の対立というのは得てしてそんなもので、たてまえだけの大義名分などといったものすら存在しない。


こうして、エンジェルスによる少年狩りがはじまった。

少年を見つけ次第、捕まえてボスの前に連れてこい、多少、というよりかなり手荒な真似をしても構わない。全てのエンジェルスのメンバーにそう伝達された。

しかし、少年は捕まることはなかった。


エンジェルスは、少年が隠れたり逃げたりすると思っていた。少年は、その考えを逆手に利用したのだった。

少年は、最初に揉めるきっかけとなったスケーター達のいるところに、出没したのである。

エンジェルスはこれに大いに混乱した。

スケーターにしても目の前に堂々と少年がいると、誰か上の者が和解したのかと思って手を出せない。そもそも、スケーター達そのものは少年と対立していないという形になっている。もめているのは、あくまでエンジェルスがやっていることで、スケーターは関係ない。少なくともたてまえでは、そうなっている。

エンジェルスに至っては、きっかけであるはずのスケーターと仲良く(してるように見える)いっしょにいる少年に対して末端の者ではむやみに手を出せない。


追う側の心理状態として、できるだけ短期に片付くことを望み、長期にわたるようになる事態を避けたがる。

つまり追う側にとって「これはもうすぐ見つけそうだ」とおもわせる情報を、目くらましとして渡してしまえば、その裏で逃げる者は長期戦に備えてじっくり用意を行えば、かなりの確率で追う側は混乱するものなのだ。

この習性を少年はよく知っていた。

少年が、この方法をどこで身につけたのかはわからないが、実のところ少年には「与える」能力があった。

与える能力とは何か。

一般的に、強いものは奪おうとし、弱い者は奪われまいとする。絶対的な強者というのは存在しにくい以上、誰もが相対的にマウントし合い、奪い奪われをくり返している。ちょうど、ループした輪を皆でときどき位置を変えながら引っ張り合っているようなものだ。

少年は、弱者で、与える。これは能力であり、他のひとびとが一生懸命になって張っている力の均衡を一気に崩せる効果を持つ。少年はこの能力が持つ効果をよくわかっていた。


結果的に、毎日町をぶらぶらしている少年ひとりを捕まえられなかったことは、エンジェルスにとって大きな恥をかかされたことになった。


結局のところ、少年は勝ったのか。

いいや。

この争いで、少年はエンジェルスに捕まることは無かったのだが、不運なことに食中毒で倒れて入院しているところを、「お見舞い」にきたスケーター集団にやられている。

襲撃された上に金品を奪われ(不幸なことに入院しているあいだに自宅も空き巣に入られている。少年の住み家を知るものはいなかったので、一連の抗争と関連があったのかは、誰にもわからない)、入院費用が嵩んだことがきっかけで借金をかかえ、街を去ることになる。

皮肉なことに、「与える能力」でのしあがった少年は、借金という、「与えられる能力」によって身を落とす。


怪我と病気と借金を負って街を出た少年の行方は、誰も知らない。

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女の王とよばれた少年 マサムネット @masamunet

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