ヨム/カク

落果 聖(しの)

楽園のこちら側

 最初は同じだったのにね。


 彼女は悲しそうに言った。その彼女の顔を見るだけで私も悲しくなった。

 彼女はカクの人間だった。そして私はヨムの人間。


「私はただ憧れていたの。

 素敵だったから、

 私も同じように素敵になれるかなって。

 でも現実って残酷で素敵な物だけが有る場所を見ているだけだったの。

 その素敵な物の下にいくつもの骸が転がり、悲鳴が散らばり、努力が無価値に消えていくことに気付かなかったの」


「戻ろうとはしなかったの?」


 ヨムの場所、私の場所は苦労など無かった。ただ、自分のスキを諦めずにたどっていけば良かった。

 いや、苦労もした。

 スキになど成れない物に何度も出合った。罵倒もした。

 それでも大量のスキに出合えた。


「戻ろうともしたよ。

 でもね。

 そんな骸の中でも、無価値に消えていく努力の中でも、

 やっぱりヨムの場所には無かったスキがあった。

 そのスキはどうやってもヨムの場所では手に入らないスキだった。

 だから私は戻ろうとはしなかった。

 戻れなかった。

 きっと戻ったとしても今までと同じようにヨム場所に居られないと思ったから」


 ヨムもカクも同じ世界だ。同じ物をスキなはずだった。

 ただスキのやり方が違うだけだった。

 それなのに何故かこの二つの国は戦争を始めてしまった。

 どうしてなのか? それは私には解らない。

 一説にはオレオが原因と言われてはいるけれども、他にも原因になりそうな物はいっぱいあった。

 カク世界にある素敵な物の根元にある大量の骸なのかも知れないし、あるいはヨム世界がカク世界を知らなすぎた事なのかも知れない。


「ヨム世界からカク世界からは何時でもいけるんだ。でも逆はどうやっても無理なんだよ」

「どうして?」

「子供が大人になるのと一緒だよ。でも一つ違うのはカク世界には行かないと言う選択肢もあるんだ。カク世界に行かなくていいんだ。ゲームの世界とか、イラストの世界とか世界は色々あるんだ。でも他の世界も同じように戦争しているみたいだけどね」


「戦争の無い世界は?」

「私は知らない。どこに言っても人間は戦争している。戦争するために人間がいるみたいに思えてきちゃうんだ。本当はお互いにスキなだけなのにね。違うね。スキだから戦争するんだよね。スキじゃなければ戦おうなんて思わない物」


 スキだからこそ戦ってしまう。


 スキで有るが故に戦う。


 私は今まで深く考えずにヨム世界がスキだった。なのにそのスキが戦争になってしまう事実が理解出来なかった。理解したくなかった。


「それでも君はカク世界に来たいんだね」

「はい」


 だって、スキだから。


 貴方の事が、カク世界の事が、ヨム世界の事が、


 だから戦争になったとしても、


 骸になったとしても、悲鳴が散らばり、努力が無価値になったとしても、

 私はスキを諦めたく無かった。


 彼女は私に手を差し出した。

 私はその手を握り、カクとヨムの境界を踏み越えた。


「ようこそカク世界へ、ここに貴方のスキがありますように」


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ヨム/カク 落果 聖(しの) @shinonono

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