一日目・太陽の頃

「おい、ギル、起きろ! 仮眠はもう終わりだぞ」

「わっ」

 思い切り耳元で叫ばれ、ギルバートは慌てて目を覚ました。上体を起こすと同僚のグルドが冷たい目で見下ろしていた。この職場で最も身長がある彼に見下ろされるのは最大の恐怖だともっぱらの噂だが、ギルバートはもう慣れてしまっていた。同期と言うこともあり、また警察学校で出席番号が近かったこともあってか、それなりにつるむ事も多いからだろう。ギルバートは大きく伸びをしてから彼に言う。

「悪い、寝すぎた」

「全くだ。起きたらさっさと現場行って来い。聞き込みとか得意だろ」

 グルドは自分の着ていた制服の上を脱ぐと追い払うように手を振った。ギルバートは小さな机に折りたたんで置いておいた制服の上に袖を通してから立ち上がる。それと入れ替わるようにグルドはすぐベッドに寝転んだ。この仮眠室は決して狭いわけではないのだが、前述した通り大きな彼がいると途端に狭く感じられる。それに苦笑しながらギルバートは彼が寝てしまう前にと口を開いた。

「グル、新しい被害者の死因とかは聞いてるのか?」

「あぁ? ……あー、死因は出血性ショック死。証拠もなし。イカレ野郎の犯行らしき被害者たちと変わらねぇよ」

 グルドは眉間に皺を寄せながらそう言うと壁の方に寝返りを打った。もう話すつもりはないらしい。ギルバートは「さんきゅ」と言ってから荷物を持って仮眠室を出た。相変わらず廊下は人が多く行き来しており、その多くは同じ話題に関して話している。

市内における連続殺人事件。

 それが現在、この市内を賑わせていた。老若男女が無差別に殺されているのだ。ギルバートは警察の一員としてその事件を追っている。世間では「第二の切り裂きジャック」と言われているらしいこの一連の事件は証拠も目撃証言もない。捜査は難航しているが、ギルバートは決して諦めるという選択肢は選ばなかった。もちろん彼の同僚たちもだ。何故なら彼らは正義の味方なのだから。

 仮眠していた間に何か進展があったか確認したギルバートは、市内に出て聞き込みを開始した。死体発見現場近辺の店や家を訪問し、死亡推定時刻に何か無かったか尋ねていく。その多くは深夜であったために寝てしまっていたり、外食や仕事で家を空けていたりしており、その時間家にいて起きていたという人たちも何もおかしなところはなかったと答えた。今までに見つかった事件現場の近辺でも同じような証言がされている。

「死神とか悪魔の仕業なら納得するんだけどな」

 ドリンクスタンドの店員に話を聞くついでに冷えたドリンクを頼んだギルバートはそう独り言を呟いた。フレッシュマンゴーのジュースを注ぎながら店員は笑う。

「そうだねぇ。でもそうじゃないんだろう?」

「あぁ。必ず人がやっている。……悪魔も死神もこんなたくさんの人を殺す理由なんてないだろうさ」

 ギルバートは肩を竦め、そしてドリンクを受け取るとお礼を言って再び歩き出した。日差しは暑い。もうすっかり夏になり、広場の噴水に触ってはしゃいでいる子供や水路で足だけ水に浸かる子供を見るのも多くなってきた。ギルバートはそれを微笑ましそうに見ながら歩く。そして不意に声をかけられた。

「ねぇねぇ、お兄さん」

「ん?」

 声をかけられた方を見ると、そこには小柄な少女が立っていた。大きなうさぎのぬいぐるみを抱いている。小さな少女はうさぎの手を自分で動かしながら口を開いた。

「お兄さん、警察の人?」

「うん、そうだよ。どうした、迷子か?」

 ギルバートがしゃがんで目線を合わせて尋ねると、ううん、と少女は首を横に振った。それから言う。

「あのね、最近ね、怖い人がいるってお母さんたちがね、言ってたの」

「うん、そうだよ。怖い人がいるから、お母さんたちと一緒にいた方が良い」

「それでね、昨日ね、もう暗いのにね、一人で歩いてるお姉さんが居たの。危ないからね、お兄さん。守ってあげてね」

「女の人?」

 ギルバートは驚いたように聞き返した。確か一番新しい被害者は女性だったはずだ。もしかするとこの少女は被害者の最期の姿を見たのかもしれない。彼は目の前の小さな少女を真剣な目で見つめながら、優しい声を意識して問いかける。

「そのお姉さんは、どんな人だった? 洋服とか、髪の色とか」

「んーっとねー……お洋服はね、短いおズボンでね、スニーカーだったかな…? あ、あとね、髪の毛はね、綺麗だったよ。とっても綺麗な、赤毛のアンみたいだった!」

 赤毛と聞いて、ギルバートの心に浮かんできたのは幼い頃出会ったあの少女だった。体が弱いと言っていたあの子は、今は元気にしているだろうか。そう考えて、それからその特徴が被害者と一致しないことを心の中だけで確認する。一人歩きは危険だ、特に夜間の女性によるものは。パトロールをした方が良いかもしれないな、と思いながら、ギルバートはポケットの中にいつも入れているキャンディを取り出し、彼女に渡す。

「教えてくれてありがとう。これはないしょのお礼」

「わぁ、キャンディ。ありがとう、お兄さん」

 少女はキャンディを受け取ると嬉しそうに笑い、そして「ばいばい!」と言いながら駆けて行った。金色の、長いツインテールが揺れる様を見送ってから、ギルバートは歩き出す。まだ太陽は高くにあった。

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百合の行方 東条 @tojonemu

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