3.骨貝
うねり
あの人は、いい宿だな、といった。
わたしは、そうだね、といった。
それから、ふたりでずっと海を見ていた。
荷物の用意で慌てたことや、電車の中の変わった乗客のこととか、
つまらないことをずっと話していた。
布団に入っても波の音を聞いていた。
うとうとしていると、部屋が水の中に沈んでいた。
苦しくなかったから、これは夢なんだ、と思った。
そこであの群青のかげがそばで泣いていた。
「ねぇ、どうして泣いているの?」
「 」
「そうなの、つらいんだね」
「 」
「どこへも行かないの?」
「 」
だんだん水が深くなってくる。
痛みはないが、体がゆっくりとつぶれるのがわかる。
「つらいのなら、そう伝えるべきだよ」
「あなたが背負う荷ではないと思うよ」
「でも、それはあなたのせいじゃない」
「あなただって」
「あなただって、きっと幸せになってもいいよ」
もうきっと海の底である。
骨がみしみしという。
そこで私じゃない私が海面からふわりと降りてきて、
小さい貝を渡してくれた。
指が動くのがわかった。
なら、自分で忘れさせてやりたいと。
とても、そのかげが、哀しく思えたから。
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上手から“遠田明”が歩いて中央へ向かいます。
青いスポットライトに向かって、台詞を発します。
台詞が終わると、あらかじめ床に置かれた小さな貝を拾い上げます。
そしてそのまま、上手へさがります。
舞台の明かりが消えます。
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