2016年期の終わりに

 僕らが物心ついた頃には、世界の広さが決まっていた。

 空を知らない天井。

 海を知らない壁と通路。

 見える全てが被造物という、狭い狭い世界。

 地下シェルターから発展したジオフロントだという人もいたし、遥か天空うちゅうの果ての閉鎖コロニーだという人もいた。だけど、僕にはそれを確かめる術がない。

 僕は、壁の向こうは愚か、扉の向こうにすら行けないのだから。

 だから、今日も僕はここに来る。


「よう! 丁度いいところに来たな、ギゼル」


 僕を迎えて振り返るのは、悪友のガゼット。同い年で16歳だ。色白で痩せた僕とは違って、褐色の肌に長身でガタイもいい。筋肉馬鹿に見えるけど、僕を差し置いて学年じゃ主席トップだ。

 なんでもガゼットが一番で、僕は二番。

 それでも仲良くツートップでいられたのには、理由がある。

 なんでもと言ったが、それは嘘だ。

 全く得にも利益にもならない、あることにおいて……僕はガゼットよりも達者で、上手で、熟練の玄人だった。ガゼットは勿論、大人たちにだって負けない。

 ガゼットが太古の化石を掘ってるここが、僕を最強に飾ってくれる。


「ガゼット、なにか掘れたかい? こないだのは酷かったけど」

「ああ、あれな! ありゃ駄目だったなあ。三流のだぜ」

「僕の反応に全くついてこれないんだ。あれじゃ、レベルの高い氷壁アイスに圧力負けしちゃうよ。処理が全く追いつかないし、リソースばかり食って」


 氷壁ってのはつまり、プログラムの防護壁のことだ。

 それを破るために、電脳世界へ自分の分身として送り込む攻性プログラムを、僕らはアカウンターと呼んでる。性能はまちまちだが、自分たちでは作れない。既にもう、今の人類にそんな技術力はない。月も太陽も見えない施設の中で、徐々に減りながら衰退してゆくしかないんだ。

 それでも、僕にはアカウンターのオペレーティングという技術がある。

 僕は今まで、どんな氷壁も破って、その奥へ……深部へと潜った。

 だが、いつも思う。

 もっといいアカウンターがあれば。

 高性能なアカウンターがあれば、過去の文明にも、西暦時代ロストエイジのデータにも触りに潜ることができる。どうして人類がこうなったかも、知ることができるんだ。


「ギゼル、さっき掘り出したばかりでな。圧縮されてたから解凍してる……っと、終わった。どうだ?」


 ガゼットの操作で、狭い狭いコンピュータールームのモニターに光が走る。

 浮かび上がったのは、異形の巨人だ。

 サイズの表記はメガバイトだったが、即座に僕は感じた。

 こいつは巨人、そして巨兵だと。

 人の姿を象る輪郭は、左手に細い剣を握っている。右手には攻撃デバイス……恐らく、一体化した砲身らしいものがあった。動力に直結しているパイプを見ても、処理能力が高そうだ。

 なにより目を奪われたのは、翡翠ひすい琥珀こはくを織り交ぜたようなカラーリング。

 バイザー状の頭部は、あらゆる感情と情緒を否定するかのよう。


「ガゼット……データ、くれる? パラメータは」

「ちょっと待て、今……おおう? すげえな、西暦時代のアカウンターだ。ええと、なになに……第49回カクヨムロボット大賞? ええと」

「パラメータ。数値化して、早く」

「待てって。凄いぞこれは……今までのアカウンターとはけたが違う。攻撃力も機動力もダンチだぜ! これなら、最下層の永久氷壁コキュートスさえブチ破れる。かもしれねえ!」


 アクセスできる階層の最奥、奥深くに立ちはだかる防壁。それを僕たちは永久氷壁と呼んでいた。あらゆるアクセスを拒む、旧世紀の全てを封じ込めたもの。まるで、知られてはならない記憶と記録の墓守はかもりだ。

 その先へ辿り着いた者は、いない。

 そしてもう、挑む者も絶えて久しい。

 僕とガゼット以外の誰もが皆、そうだった。


「すぐに使える? 今から潜るよ」

「あ、ああ。だけどよ、ギゼル。一度ウィルスとかをスキャンした方が」

「必要ないよ。……時々こうして、僕らが潜れる階層から西暦時代のプログラムが見つかる。大半はデータの欠損したゴミだけどね」

「だけど、有用なものもある。核融合炉の制御プログラムとか、大昔のチーズケーキアダルトグラビアとか、あとはジャンケン必勝法とか」

「そう、あとは……驚異的なスペックのアカウンターとかね」


 なにを言っても無駄だと悟ったのか、ガゼットがオペレート用のコントローラーを回してくる。それを手に取り、僕はモニターと直結されたVR用のバイザーを手に取った。これを被って視覚を同調させれば、すぐに僕は発掘品と以心伝心で合一する。

 そういえば、この発掘品の名前を知らないな。


「あ? 名前だ? ああ……ファイル名は破損してるみたいだ」

「そう、ならいい。すぐにコイツで潜ってみる」

「最下層、永久氷壁にか?」

「このスペックなら勝算は十分にあるよ。ガゼットは見たくない? 西暦時代の末期、なにがあったか。どうして僕たちの世界が狭く閉じてるのか」


 ガゼットは黙って頷いた。

 そして僕は、掘りたてホヤホヤのアカウンターと一体となる。

 VR専用のバイザーをかぶって、コントローラーを握る。

 

 ――さあ、始めよう。

 

 世界が終わって、終わり続けてる今から。

 その終わりが始まった時代の真実を求めて。

 あらゆる氷壁を砕いて潜る先に……西暦時代のあの日に向かって。

 これが、僕たちに許された唯一の冒険だから。

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