第10話 反伊達連合

「藤次郎、すまん!」



 成実は阿武隈川に到着した政宗に土下座して謝った。政宗は動かなくなった輝宗を見て呆然としている。


 輝宗の隣には冷たくなった手をしっかりと握り、涙を流している照姫の姿があった。



「成実様は悪くありませんわ。撃てと命じたのは私です。私が、お父様を殺しました」


「実際に鉄砲隊を指揮したのは俺だ」


「最初の鉄砲を撃ったのは私ですわ」



 照姫と成実は互いに自身が悪かったと思っている。二人とも責任を感じているのだ。


「そんなことはどうでも良い!」



 政宗の怒号が阿武隈川に響き渡る。照姫も成実も何も言えなくなった。



「委細は、黒脛巾組くろはばきぐみから、聞いた」


 政宗はゆっくりと輝宗のもとに歩み寄る。



「憎むべくは畠山義継はたけやまよしつぐ、二本松勢だ」



 輝宗の前でかがみこみ、照姫と一緒に冷たくなった手を握る。ぎゅっと握った手からはもはや父の温かみは感じられなかった。



「今すぐ、二本松に攻め込み、領内の生けるものを皆殺しにする!」



 政宗の眼は本気だった。阿武隈川の向こう側を睨みつけ、その先にある二本松城を怒りで燃やし尽くそうとしていた。



「お待ちください」



 その政宗にすがりつくように跳び出して来た娘がいた。妹の月姫である。隣には小十郎の姿もあった。



「月、止めるな!」


「止めます。お兄様は今、何をすべきかを見誤っています」


「何だと!」



 政宗は月姫を猛禽類のような眼光で睨みつける。月姫相手にこれほどまでの怒りを示したことは初めてではなかろうか。


 しかし月姫は怯まなかった。父の輝宗が死んだというのに確固たる信念が月姫を貫いているようだ。



「まずは、お父様の葬儀が先でございます。お父様のお心を静めて、家中の混乱を抑えます。そうしなければ、伊達家は家中に禍根を残したまま戦をすることになります。それはお兄様も望んでいることではありません。そではありませんか?」


「二本松をこのままにしておけというのか!」


「順番の問題でございます」



 月姫は政宗にも負けない眼光で睨みつける。二人は一触即発を思わせる空気の中、火花を散らせあった。


 どれほどの時間が経っただろうか、政宗と月姫はいまだに視線を交わしている。二人の気迫に誰一人話しかけられるものがいないのだ。


 その時、ふっと政宗の表情が和らいだ。何かを悟ったように優しい目つきで月姫を眺めだした。



「負けた、月の言うとおりだ」



 月姫はその言葉を聞いた瞬間、気が抜けたように座り込んだ。気を張り詰めすぎて疲労が溜まったのだろう。



「小十郎、いるか」


「はっ、ここに」



 政宗の前に小十郎が跪く。神妙な面持ちで政宗を見上げていた。



「父上は身内のもので運ぶ。お前はすぐに米沢に帰る準備をしておけ。葬儀は米沢で行う」


「かしこまりました」



 小十郎はすぐさま準備のために奔走しだした。


 月姫はここに至って初めて涙を流した。月姫は自分の役割をしっかりと感じ取っていた。それが終わるまでは泣けない。そう決めていたのだろう。


 照姫はそんな月姫を見て自分以上の強さを感じた。



(私は、何をしたのでしょうか……)




   ☆☆☆




 政宗は輝宗の遺骸を米沢に送る途中で火葬した。場所は信夫郡佐原村の寿徳禅寺じゅとくぜんじである。


 輝宗の遺骨は老臣たちの手によって政宗の母・義姫の手に渡った。


 政宗自身が米沢に行かなかったところを見ると、母に会わせる顔がなかったのか、二本松を攻めるために小浜城から離れたくなかったのか、おそらく両方であろう。


 反対に畠山義継の遺体は磔にされ、見せしめにされた。この残虐ともいえる行いに二本松勢は怒り狂った。


 政宗は二本松城を攻めた。しかし二本松勢は畠山義継の遺児・国王丸を中心に結束して政宗の攻撃を退けた。雪の影響もあったであろう。天は政宗よりも二本松に味方したようである。


 政宗は二本松攻めを成実に託し、米沢で輝宗の葬儀を盛大に行った。


 輝宗が死亡したことにより、殉死じゅんしが相次いだ。輝宗が旅立つ死後の世界に一緒に行こうとする風習である。


 殉死をしたものの中には輝宗の側近を務めた遠藤基信の名もあった。




  ☆☆☆




 十一月初頭、政宗は二本松攻略のために再び小浜城へと向かった。小浜城を基点として二本松城を攻め落とすためである。


 しかし、十一月十日、政宗が伊達家をついでから最大に危機が訪れた。佐竹、蘆名、相馬、二階堂、石川、岩城、白河の反伊達連合軍が押し寄せてきたのである。


 二本松救援を名目にして伊達家を滅ぼそうという腹積もりであろう。その数は約三万。対する伊達の兵力は約七千であった。



「お兄様、状況はこちらが不利でございます。それでも、戦うのですか?」



 月姫が心配そうに政宗に尋ねる。月姫は黒脛巾組くろはばきぐみの情報収集により、敵味方の状況が政宗以上にわかっていたのかもしれない。その情報は政宗にも渡っているが、実際に情報を分析しているのは月姫なのだ。



「当たり前だ! たとえ敵が十万の兵を集めてこようとも、父上の敵である二本松を攻め落とすまでそれがしは止まらん」


「さすがお兄様ですわ。私もお供いたします。伊達小次郎政道はいつでもお兄様の隣にいますわ」


「うむ」



 月姫は向こう見ずな政宗と照姫の考えが不安だった。それと同時に自分が兄と姉を守らなければという使命感も持っている。


 月姫は黒脛巾組にある指令を出した。それは月姫が考えた月姫なりの戦い方だった。



(私にも、できることはある)



 その頃、反伊達連合は須賀川すかがわに進出、対する伊達は本宮城もとみやじょうに入っている。


 世に言う、人取り橋の合戦が始まろうとしていた。

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