第5話 家督相続
「
「お屋形様!?」
基信は早すぎる、と言いたいようだ。輝宗は現在四十一歳、政宗は十八歳であった。
戦国の世だ。当主に問題がある場合などに早めの世代交代は珍しいことではない。
しかし輝宗に問題があるわけではなかった。輝宗はこの群雄割拠の奥羽でしっかりと伊達家を切り盛りしている。それが当主の座を降りなければならないとは、基信でなくても疑問に思うところであった。
「もう、決めたことだ」
「お屋形様こそが伊達家の当主でございまする。何を血迷ったことを」
輝宗はすっと基信と視線を合わせた。その輝宗の目は決意に満ちた瞳をしている。基信はその視線に輝宗の覚悟を感じた。
「基信、勘違いするな。わしは逃げるために隠居するのではない。むしろ逆だ。戦うために隠居するのだ」
「戦うため……?」
「そうだ。今、家中は混乱している。それをおさえるには、わが身を犠牲にしてでもわが意思を示すことだ。わしの意思が家中に浸透すれば、おのずと伊達家は一つになる。それがわしの戦い方だ」
「その意思とは、藤次郎様こそお屋形様の跡継ぎである、ということですね」
輝宗はうむ、と大きく頷いた。
輝宗の決意は固い。それを感じ取った基信は全てを輝宗の思いのままに運ぶ方が良いと考えた。
「わかりました。そこまでの意思がおありならば、そのように取り計らいます。伊達家は、藤次郎様を中心に一つになる。ご英断です」
輝宗と基信はその後、額をつき合わせて今後のことを話し合った。家督は政宗に、二人の目的ははっきりと決まっていた。
☆☆☆
天正十二年(1584年)十月、輝宗は政宗に家督を譲った。突然のことに家中は驚きつつも、政宗に次期当主としての期待を寄せたのだった。
「お兄様、おめでとうございます」
照姫と月姫は家中のものへの挨拶が終わった後の政宗と話していた。政宗は何かとこの二人の妹を気にかけてくれる。今回も挨拶が終わるとすぐに照姫と月姫の部屋に来た。気心が知れた仲なので安心して過ごせるのだろう。
「うむ、父上から家督相続のことを聞いたときは驚いたが、父上も本気だ。これからはそれがしが伊達家の柱となり、家中を統一していかなければならぬ」
政宗は笑いながらも気を引き締めている。もはや子供ではないのだ。父、輝宗の支えがなくとも伊達家を立てていかなければならない。
「まずは、どのようなことをすれば良いのでしょうか」
月姫は首を傾げる。政宗が当主になったといっても実際には何が変わるのかわからないようだ。
「ふむ、まずは幹部を一新する。父上には父上の、それがしにはそれがしの側近が必要なのだ」
「それは、もうお決めになったのですか?」
「うむ」
政宗は懐からバッ、と一枚の紙を取り出した。その紙には家臣の名前がずらっと書かれている。
「執政職には
「あら、随分と若い方々が多いですわね」
「それだけではないぞ。照や月にも懐かしい名前がここに書かれている」
政宗は紙に書かれた一つの名前を指差す。それを照姫と月姫が興味深げにのぞいた。
「伊達……
「どなたですか、これは?」
照姫と月姫は首を傾げながらその名前を口ずさむ。二人には覚えのない名前であった。
「覚えておらぬか、
「時宗丸様!」
時宗丸とは伊達藤五郎成実の幼名である。成実は政宗の一歳年下で、照姫、月姫とも仲が良かった。
幼い頃は政宗、成実、照姫、月姫の四人は一緒なって野山を駆け回り、傅役の小十郎を困らせたものである。
「時宗丸様……今は成実様でしたわね。なつかしいですわ」
「うむ、その成実もそれがしの片腕となって働いてくれることになった。これでそれがしも安心して伊達の棟梁になることができる」
照姫と月姫は政宗の喜びようを優しい目で見ている。幼馴染が自分の側にいる、それだけで心強いものなのであろう。
伊達藤次郎政宗は、この日から伊達家の当主となった。
☆☆☆
照姫は考えていた。政宗が当主になったということは照姫自身が政宗の側で一緒に天下を狙える日が来たのではないかと。
しかし、それには大きな問題があった。照姫の性別の問題である。照姫は女だ。当然政宗と一緒に戦場に出ることは難しい。
(何か、何か手はありませんこと?)
照姫はじっと庭先の紅葉を見ながら考えた。
落ち葉が池の中に落ちていった。池の表面に波紋が広がる。その波紋に照姫は何かを感じ取った。
「そうですわ! いい手があります」
照姫はすぐさま立ち上がった。その顔は悪戯を思いついた子供のように無邪気だった。
☆☆☆
数日後、近隣諸国からは政宗に祝儀の使者がやってきた。新しい当主を祝う使者だ。その中に、
元々は田村家の家臣だったが天正十一年(1583年)に大内家として独立を果たす。伊達家とは相馬家との戦いで参陣するなど縁があった。
しかし、独立の際に
「定綱、面を上げい」
政宗の声が謁見の間に響き渡る。伏せていた大内定綱の顔が上げられた。
「は、
「うむ、大儀であった」
その時、政宗は側にいる小十郎に目配せした。小十郎は意味ありげに深く頷く。
「定綱、おぬしに訊きたいことがある」
「は、何なりと」
政宗は大きく頷いた。獲物が罠にかかったといった様子だ。
「おぬしは伊達と蘆名、どちらを主君とするつもりだ」
「もちろん、伊達家でございまする」
「信用できんな」
「は?」
定綱は政宗を不思議なものを見るように見ている。政宗がなぜそのようなことを言うのか理解できないようだ。
「おぬしは確かに政宗の相続の儀に参じた。しかし元々おぬしは裏切りによって独立した身だ。信用しろというほうが無理であろう」
「そんな、私は田村家を裏切ったのではありません。やんごとなき理由があり、仕方なく田村家から独立したのでございます」
「証拠はあるのか」
「証拠と申しましても……」
定綱は脂汗を流しながらしどろもどろしている。政宗の追及をかわすことに必死なのだ。
「ふふふ、まあ、よい。証拠といってもすぐに出るものではないだろう」
「はは」
定綱は平伏する。完全に政宗のペースである。
「ただし、伊達家の旗下に入ったという証拠は作らねばならぬ」
「……と、申しますと?」
「このまま米沢に住んで伊達家に奉公するがよい。妻子は後から呼べばよかろう」
「そ、それは……」
定綱の顔色が次第に悪くなる。返答に困っているようだ。
「できぬと申すのか!」
「いえ、そのように取り計らいます」
定綱は地べたに顔をつけるかのように平伏した。その様子を見て政宗と小十郎はニヤリと笑った。
これは政宗と小十郎が考えた定綱を蘆名家から完全に離反させる作戦だった。しかし、この作戦が後に大きな災いの種になることを二人はまだ知らない。
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