第6話 小次郎
正月もすぎて春になった頃、
ついに定綱は二本松城の
「定綱め、やはり蘆名に臣従しておったか」
政宗は舌打ちをしながら小浜周辺の地図を見ている。もはや定綱を討つことは決定事項だった。
「藤次郎様」
「小十郎か、入れ」
そこに執政の小十郎が入ってきた。小十郎はすでに具足をつけている。いつでも出陣できる、といった様子だ。
「戦の準備ができました。明日にも出立できましょう」
「ご苦労。それでは出立は明日。今日は十分に兵を休ましておけ」
「はっ」
小十郎は足早に政宗の部屋を後にする。この戦は政宗が伊達家の当主になってから初めての戦である。伊達家の今後を占うためにも負けられない一戦だった。
「伊達家を……天下にとどろかせるために」
☆☆☆
その政宗の部屋に近づいてくる足音があった。歩幅が小さく、トトト、と軽い音がする足音だ。
「お兄様、お話があります」
「照か、どうした。入れ」
すっと障子が開けられる。そこには神妙な顔つきをした照姫がいた。
「どうした、そんな顔をして。もっと近くに来い」
照姫は思いつめた顔のまま政宗に近寄った。この照姫の様子に政宗も異常なものを感じ取った。
「お兄様、このたびの戦、私も連れて行ってくださいませ」
政宗はまたか、といった顔つきになった。
初陣のときもそうだが、あの後も何かと照姫は戦についていきたがった。そのたびに周りのものが必死に止め、何とか照姫を思いとどまらせていたのだ。
「照、それは無理だ。おぬしは女子だ。戦に連れて行くことはできん」
「それならば私に考えがあります」
「考えだと?」
照姫は不敵に微笑む。政宗はその照姫の笑みを懐疑的に眺めていた。
☆☆☆
翌日、謁見の間に重臣たちが集まった。今から出陣式をするためである。
しかし当の政宗がなかなか現れない。小十郎や成実は何事かと不安になった。
「小十郎、藤次郎はまだか。せっかくの戦なのにこれでは勝機を逸してしまうぞ」
「戦は急げば良いというものではござらぬ。しかし、お屋形様の姿が見えないというのは問題があるな」
「探しに行くか」
成実が政宗を探しに行くために立とうとした。その時、ドシドシという重たげな足音が廊下から響いてくる。
「皆の者、待たせたな」
政宗の登場である。鎧を身にまとい、いかにも大将といった風貌で重臣たちの前に立った。
「藤次郎、遅いぞ」
「すまん、少々準備に手間取ったのだ」
「準備?」
小十郎と成実は顔を見合わせて首を傾げる。政宗はすでに相馬との戦いで何度も出陣している。政宗が鎧を着けるのに手間取るとも思えなかった。
「準備とは、皆にそれがしの弟を紹介しようと思ってな。弟には今回の大内討伐にも参加してもらうことになった」
「小十郎、藤次郎には弟がおったのか!?」
「い、いや。そんな話は聞いていないが……」
小十郎と成実を中心に重臣たちは動揺する。
そこに背は低いが立派な鎧と兜を着た一人の武者が廊下からやってきた。その足音に皆の視線が政宗からその武者に移る。顔は兜を深くかぶっているためによく見えない。それがその武者を神秘的な風貌に見せていた。
「来たか、入れ」
その武者はドシドシと部屋の中に入ってくる。そして政宗の隣に悠然と立った。皆の注意がその武者に集中する。
「名は
「はい」
小次郎が発した声に小十郎が反応した。どこかで聞いたことがある声だ。しかしどこだか良くわからない。小十郎は疑問に思いながらも小次郎の次の言葉を待った。
ガバッ、と小次郎の兜が外される。そこからは整った顔の可愛らしい女性の顔が出てきた。
「私が、伊達小次郎政道よ。私がいれば大内定綱なんて敵じゃないわ。皆のもの、私とお兄様についてきなさい」
「て、照姫様!?」
そこにいたのは鎧兜を着た照姫だった。その姿に小十郎だけでなく、重臣たち全員が驚いた。
「小十郎、照姫ではないわ。小次郎政道よ。そこを間違わないでちょうだい」
「いえいえいえ、さすがに騙されませんよ。藤次郎様、これはどういうことですか」
小十郎の追及は政宗に向けられた。政宗が照姫を自分の弟と偽って連れてきたのだ。政宗に訊くのが筋というものだろう。
「うむ、照がどうしても戦に参加したいと言ってきたのでな。照を弟として扱うことにした。これならば戦に連れて行っても問題あるまい」
「大問題です!」
小十郎は眉を吊り上げて政宗と照姫に詰め寄った。この場に父親である輝宗がいない以上、諌めるのは小十郎の役目だ。
「藤次郎様は照姫様の兄ですぞ、なぜ止めませぬ。照姫様が戦場で亡くなってもよろしいのですか」
「まあ、良いではないか。照はそこらの男どもよりも役にたつぞ。それに照はそれがしの側を離れないようにすれば安全だろう。それとも、それがしが危なくなるほどそなたたちは軟弱か?」
「そうではありませんが……」
ここまで政宗が照姫に肩入れしてしまっては小十郎も言うことがなかった。眉をひそめて政宗をじっと睨むしかない。
そこに成実が小十郎の肩を笑いながら叩いてくる。
「わははは、良いではないか、小十郎。ここまでしてついてきたいといっているのだ。連れて行けばよかろう」
「成実、無責任なことは言うな。誰が照姫様の面倒を見ると思っているのだ」
「お前しかいないだろう」
だから嫌なのだ、といわんばかりに小十郎の顔が歪む。基本的に政宗や照姫のお守りは小十郎の仕事だった。
「私は小十郎の世話にはなりません。私のことは私で何とかします」
「それが危ないのです!」
小十郎は深いため息をつく。この調子では戦場に行っても苦労させられそうである。
「大丈夫だ、小十郎。責任はそれがしが持つ。この戦いは大内討伐とともに小次郎政道の初陣だ。皆のもの、士気をあげろ」
その場にいた重臣たちは政宗の勢いに押されておお~、と声をあげた。その声には政宗と照姫の好奇な期待が混ざっていた。ただ一人、小十郎の沈痛な声を除いて。
☆☆☆
その頃、月姫は政宗の正室・
「愛姫様、月でございます」
「あら、月姫殿ですか。お入りください」
月姫はすっと愛姫の部屋の障子を開けて中に入る。部屋の中は余分なものは飾っておらず、簡素ながらも気品が感じられる様相となっていた。
「愛姫様、お姉さまを見ませんでしたか? 朝から姿が見えないのですが」
「照姫殿ですか? そういえば、今朝方、夫と一緒にいましたけれども、あれは夫の戦支度を手伝っていたのではないのかもしれませんね」
「どういうことですか?」
月姫はなにやら不安な気持ちになってきた。月姫は照姫と姉妹なだけあって照姫の気持ちがなんとなくわかる。今回もどうせろくでもないことをしでかしているという予想ができた。
「おそらく、夫の戦についていったのではないでしょうか」
「またですか」
月姫は深く嘆息したが、それと同時に少しほっとした。以前のように無理やり戦場に連れて行かれなくて良かったと思っているのだ。それだけ照姫も成長したということなのか、もう月姫に期待していないということなのか。
「つまり当分はお兄様もお姉さまも帰ってこない、ということですか」
「まあ、前のように勝手についていくよりかは良かったのではないですか? 今回は夫も小十郎も一緒ですし、少しは安心できるのではないでしょうか」
「まあ、そうともいえますね」
月姫は部屋の中から見える桜を見ていた。桜吹雪の中、政宗と照姫は出陣していく。月姫は愛姫とともに二人の無事を祈ったのだった。
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