第2話
「さてさて? もう一発いっとくか? それとも、なぶり殺しにするか? どっちもいいが……ド派手に三千発といこうかぁ!」
クロードの指に、大量の球が挟まれる。殺意を込められた球体は、マリアの張った障壁を容易く破壊出来るだろう。
「跡形もなく、だ!」
クロードが行動に移ろうとした瞬間、ドームにヒビが入った。クロードの手足たるイレギュラーによるものではない。
「あん?」
そして、紅が漏れ始める。
始めは僅かな光だった。だが、今は違う。
力強く、鼓動のように脈打ちながら、世界を彩る。
「へえ……」
そしてその瞬間はやってきた。
紅の爆発が障壁を内側から破ったのだ。
球にまとわりついていたイレギュラーたちが跡形もなく吹き飛ぶ。
真紅の陽炎の中、立つものがいる。
それは、りりぃを抱えたかのんであった。
しかし、その容姿は、障壁に包まれる前と後では大きく変わっている。
どことなく軍服を彷彿とさせる紅の衣装に、真紅に染まった髪と瞳。それらと同色の、背中から広がる放射状の翼。
そして、なによりも――
「……おっきい」
りりぃは思わずそうこぼしていた。
おおよそ少女が持つものではない無骨で、巨大な黒鉄。
『ア、アンチ マテリアル ライフル……?』
かのんの身長を悠々と越すそれを構えていた。
アンチ マテリアル ライフル。またの名を対物ライフル。通常のライフルよりもはるかに長い銃身を持ち、徹甲弾を撃ち、戦車を穿つバケモノ銃である。
銘を『極星火輪』。
それがかのんの得物であった。
「ふにゃ? お姉さんの声が……」
極星火輪から聞こえたのは、身体が崩壊したはずのマリアの声だった。
『……細かい説明は後よ。今は、クロードを討つことだけを考えて』
「はーん。確かに有効なテと言えばテだなあ。だ・け・ど! 急造のインスタントでどうにかなるわけないだろっつーの。歴戦の魔法少女もボケたもんだな、オイ」
バリバリと頭を乱暴に掻き、呆れるクロード。そんな彼女に、かのんは照準を合わせた。
銃など水鉄砲くらいしか使ったことがない。けれど、本能が囁いてくる。『極星火輪』が教えてくる。
「とりあえず、行きます!」
『ま、まだ説明もなにも……』
「極光――」
奥底から湧き上がるチカラを『極星火輪』に注ぎ込むと、銃口から紅の魔力が溢れた。
「――ブレイザー!」
放たれたのは、人を丸々飲み込めるような、極大の紅の光線だった。
群れるイレギュラーたちを焼き払い、禍々しい空へ向かって、突き進む。
クロードのすぐ横を掠め、空間を紅で染めた。
「は……?」
「ん……外れちゃった……」
本来、アンチ マテリアル ライフルとは寝転んで撃つものである。それほどしないと反動を軽減出来なかったり、狙いを付けられないというものなのだが、かのんはその辺りの原則をまるで無視している。
銃口以上の光線。その反動は決して軽くはないはず。
だが、平然としている。それどころか数センチのズレをすら気にする始末。
本人にアンチ マテリアル ライフルの知識がないが故の言動であった。
「おいおい、なんの冗談だ……? 一手目でこんだけの魔法だと……?」
クロードが呆然としたのは一瞬だった。凶悪な笑みが、深まる。
「いいねえ! 最っ高だ!」
一方のマリアは戦慄していた。
(なんというセンス……!)
身体があれば、冷や汗を掻いていただろう。長い間魔法少女として、戦ってきた身には、それがどれだけ異常なことのかが分かる。
初めてでは、ろくに魔法を使えないものがいるくらいなのに。
かのんは楽々使いこなしている。
「理屈はよくわからないけど、とにかく、あの人を倒せばいいんだよね!」
『え、ええ。そうなるわね』
「喧嘩なんてしたことないけど……! この子が教えてくれる……!」
かのんは、今の気持ちを知っている。野球でしか味わったことのない、闘争心の高揚。
火が点いた。まさしくそうだ。
鼓動が早まり、身体に熱が込もる。
一種の全能感にも似たそれ。
「今のわたしなら、なんでも出来る気がするよ!」
りりぃちゃんもいるしね、とかのんは笑みを向ける。
りりぃは顔を赤く染めた。
「クッハー! このアタシを目の前によく言ったもんだ! いい! さあ! やりあおうぜ! 魔法少女!」
クロードの周囲に並んでいたネガ反転の球体。それが、一斉に放たれた。
「そらそらそらそらぁ!」
何度も発射される、いくつもの球。一つ破裂すればまた一つと連鎖爆発が起きる。空間という空間を食い荒らすそれは、捕食者のそれだ。弱ければ死に、強ければ生きる。
シンプルだ。とてもシンプルである。
そして、かのんは強者であった。図抜けた反射神経で抜け道を探し出し、背中から放たれる紅翼でもって、爆発の嵐を切り抜ける。
「ひゃああああ!」
「ごめんね、りりぃちゃん!」
りりぃは既にパンク寸前であった。三半規管が貧弱なため、既にかのんの移動に酔っているのだ。
(反応速度、処理速度、移動速度……どれもが一級品……! 莫大な才能……!)
マリアはかのんに対し、そこまでの期待を寄せていなかった。日本という平和な国家の一介の少女。そんな少女が、空中機動を容易くこなしている。
それはマリアにとって望むべきことであったが、どうにもしこりが残る事態であった。
「わかるよ……わたしのチカラ……ウイニングショット――極光ブレイザー!」
クロードを狙い、かのんは再度、紅線を撃つ。
ビルを抉り、空を穿つが、肝心のクロードには易々と避けられてしまった。
「当たらない……!」
「予備動作がでかすぎるぜ。蠅が止まるっつーの!」
クロードの指先から放たれたネガ反転の球がかのんに迫る。
「わわっ!」
「ひゃあ!」
地面すれすれのところを移動しながら、かのんはカウンターをやり過ごす。
やはり、実力が違う。かのんは思う。草野球の新人と、ベテランの大リーガーほどに隔絶していると。
けれど、負けられない。負けられるはずがない。
胸に抱く存在のために、かのんが負けるわけにはいかないのだ。
浮かれていた意識を急速に冷やす。
冷静さを。心は熱く、頭脳は冷たく。
「いよーし! 次はデカいぞ!」
掌ほどの球体を浮かべ、クロードがにやりと笑っている。
「っ!」
脅威!
『極星火輪』からのアラートが脳内に鳴り響く。
かのんは迅速に行動した。ビルに向かい極光ブレイザーを放ち、すぐさまその反対へと銃口を向け、放つ。
その勢いをそのまま利用し、かのんはビルの中へと侵入を果たした。
(まだ、足りない……!)
更にチカラを込めれば、極星火輪はすぐにそれに応えた。
噴出する紅が目に見えて増え、速度がグン、と上がり、ビルの反対側が見えてきたところで。
爆風がやってきた。
「きゃ!」
「あわぁあぁああん!」
感じたことのない風圧に押され、くるくると回りながらも、かのんたちはビルの反対側へと抜ける。
「けふっけふっ、こほっ」
「りりぃちゃん、だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ……」
「身体、弱いもんね」
「りりぃのことよりも、かのんちゃんは……」
「かのんはだいじょうぶ! って」
地響きとともに、ビルが倒れ始めた。大きな影が、かのんたちを押し潰そうとしてくる。
ビルの中を通ったように、噴射して抜けられるか。そう考えたかのんだが、直感で間に合わないと判断した。
別の方法を。
そう考えたかのんに浮かんだ手法はただ一つ。
「『極星火輪』!」
ビルを撃ち抜く。
自分たちにのしかかってくる巨壁を、今出せる最大火力で!
「ブレイザァァアァア!」
朽ちたビルにぼっこりと穴が空いた。紅の閃光により、切りとったかのように焼失した。
「そこかあ!」
だが、それこそがクロードの思う壺であったと、かのんは知ることになる。
空白の向こうから、クロードの姿が現れた。指にはこの数分で見慣れてしまったネガ反転の球が挟まれている。
「ひっ――」
『防御を!』
「こう……かな!」
かのんはイメージする。先に見た、マリアの障壁を。頑強なる球を。
背中の紅翼が、かのんたちを包み込む。
直後、衝撃が走った。ダンプカーでも直撃したかのようなそれに、かのんの顔がゆがむ。
「つぅ……」
「かのんちゃん……」
「……全っ然! だいじょうぶ! りりぃちゃんがいるんだから!」
「ぁぅ……で、でも――」
翼の球を解除したかのんの目に映ったものは、立方体を描くように並ぶ、無数のネガ反転の球。
後ろへ。そう思ったかのんだったが、既に箱の中へ取り込まれていた。
かのんはミスを犯した。
自身の視界を塞いでしまったこと。
自分で自分の首を締めてしまった。
「パーティしようぜ」
球で出来た箱が、収縮する。
「ど派手になあ!」
「おねがい、『極星火輪』! もう一度、ツバサを!」
再度、紅の翼がかのんたちを包み込む。
襲ってきたのは、先とは比べ物にならないダメージ。
かのんは障壁にそれを見つけた。
ヒビだ。
今度は耐え切れない。
「っ……!」
判断すらなかった。かのんは反射的に、りりぃを庇っていた。
「かの――」
爆発。
かのんは、墜ちた。
りりぃが上になるよう、最後まで庇って。
紅い髪が黒髪に戻り、服がユニフォームに変わる。
「かのんちゃん……! かのんちゃん……!」
かのんの腕の中から、りりぃはかのんへと呼びかける。
返ってくるのは、僅かな反応だけ。
少なくとも、生きている。
りりぃがほっとしたのも束の間だった。
二人の上に、影が差す。
クロードだ。
「ま、アンタはよくやったよ。はじめましてでこれなら十分優秀だ……けーど! アタシには遠く及ばねえ。ここでさようならだ。不幸な事故ってやつだな」
手に浮かべたネガ反転の球をいたずらに回しながら、クロードが歩いてくる。
「ひっ……」
怖い。途轍もなく、途方もなく、怖い。
今歩いてきている者は、人を傷つけることをなんとも思っていない。
敵対しているのではなく、端から生命自体には興味がないのだ。
「ぁ……」
闘いに悦楽を感じても、生命そのものにはおおよそ関心がない。
それが、どれだけの恐怖であるか。狂気であるのか。
「ぁ、ぅ、うう……」
けど。
それでも。
「ぅぅっ……!」
りりぃは、立った。
立って、精一杯腕を広げる。
「あん?」
「ぅ、ぅぅ……!」
ぽろぽろと涙がこぼれ、歯が鳴り、膝がガクガクと揺れる。
それでも、立っていた。塞いでいた。守って、いた。
「へえー」
クロードはりりぃを舐め回すように見る。
「りりぃちゃ……だ、め……逃げて……」
意識がうっすらと戻ったかのんが、声を絞り出す。
だが、りりぃは動かない。
「りりぃの、りりぃの知ってるかのんちゃんなら、こうするから……!」
「りりぃちゃ……」
「泣かせるねえ。魔法の魔の字も使えないガキが頑張るじゃないの」
まあ、そんなことはどうでもいいとクロードは断ずる。
この場にそぐわないほどに弱々しい存在。
吹けば飛ぶようなりりぃなんて、どうしようとも思わない。
「りりぃは……! りりぃが……! りりぃは男の子、だから……!」
「え? マジで? お前が? 男の子? すげえな、おい。世の中って不思議だな」
クロードは思わず手を出していた。
びくりとするりりぃをペタペタと触る。
美少女然としているりりぃがよほど奇怪なものに映ったらしい。
「ふーん……」
「ぁ、ぁう……」
恥ずかしさでしおしおと縮んでいくりりぃ。
面白い。クロードが嗜虐心に溢れた笑みを顔面に刻んだその時。
「り……りぃ、ちゃんに……! 触ら、ないで……!」
かのんは立ち上がった。
だが、その姿は満身創痍。
目は霞み、あちらこちらから血が滴り落ちる。
立つのがやっとというレベルではない。かろうじて意識があるというくらいだ。
「お? 殺る気か? 紅いの」
かのんは、震える手で『極星火輪』の銃口をクロードに向ける。
『やめなさい! 今の状態でなにが出来るというの!』
「そんなの……関係、ないよ……!」
「しょーじき、つまんねえんだわ。半死半生のトーシローの息の根を止めてもよー。アタシが望むのは血湧き肉躍る闘いってヤツだ」
白いのみたいな嬲り殺しも悪くないけどよ、とクロードは足した。
「よーし、思いついた。お前にチャンスをやるよ。紅いの。アンタがアタシと闘うチャンスだ。保釈金は、このガキだ」
クロードがりりぃを抱き寄せる。
「ひっ……」
「期限は24時間! こいつがアンタの大切なモンってなら、取り返しにきな! ルーキー!」
りりぃの顎を上げ、かのんへと見せる。
どうしようもないほど挑発的だ。
「さあ、パーティしようぜ」
かのんの意識はそこで途切れた。
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