めがね!
寿祷郁也
プロローグ 『眼鏡』
眼鏡。遥か昔、魔法のない時代に存在したと言われる
すべての人間が身体を強化する魔法を使えるようになったのはここ最近のことではない。魔力と呼ばれる力の存在は昔から知られていた。しかし魔力は魔法使いにしかないのだと思われてきた。
だがその常識は一人の魔法使いによって呆気なく崩れ去った。その魔法使いは魔力が全ての人間に宿っているということを発見したのだ。勿論すべての人間が魔法使いのようになれるわけではなかった。
魔力は全ての人に宿っている。しかしその魔力を外に作用させることができるのはごく一部。それが魔法使い。そしてそれ以外の人間は一般人である。だが一般人でも魔法が使えるというのが研究によってわかった。魔力を外に作用させることができないものでも自分の内側に作用させることはできるということが分かったのだ。
それから100年単位の時間が過ぎ身体強化魔力が一般常識化した時代が訪れた。必要な時に必要な部位に魔力を集中し強化する。それはもう呼吸と同程度の感覚であった。
勿論個人の保有する魔力量によって効果のほどは違う。しかし日常生活で困るほど魔力の少ない人間はいなかった。故に眼鏡は消え去り古代遺物となった。誰も必要としないモノだった。
ただしいつの時代にも例外は存在した。魔力を一切持たない人間。それが僕だ。僕は自分の魔力がないことに気づいたとき、高名な魔法使いを何人もたずねた。けれど魔力を持たない人間の前例などなく、それがどういう意味を持つのかわかる人はいなかった。
僕は身体的にすべての人に劣っていた。周りは皆強化しているのに自分はできない。それだけで大きなハンデとなった。強化を使わない状態での身体能力は高い方だとは思う。だがそれでも魔力が弱い上に身体自体弱く、人並みに強化するのに大量の魔力を使うような人にギリギリ追随して走ることができる程度だ。むしろその程度に高い身体能力を持っていたせいで魔力さえあれば誰よりも優れた身体能力の持ち主になれるのにと自分の魔力がないことを何度も呪った。
それでも勉強を頑張り同世代どころか学者にも負けないほどの知識を身に着けた。齢14で既に学者レベルの知識。しかし周りの目は変わらず僕のことを
その上不幸なことに勉強の努力が祟ってか僕の視力は急激に落ち始めた。僕はその時自分を育ててくれた叔母に言って旅に出ることにした。『眼鏡』とよばれる古代遺物を探すことが僕の目的だった。現在のままの視力では日常生活にも支障をきたすかもしれないし、そもそも学者と同等の勉強をしてきた僕は古代遺物というものに興味を持っていた。元々僕のことを良く思っていなかった叔母は喜んで僕を送り出した。今頃は部屋の荷物さえ撤去されているかもしれない。
それが4か月前。この4か月、僕はひどい目に遭い続けてきた。眼鏡を知っているとか持っているという人の頼みを聞いたりして眼鏡を求めた。しかしそのすべてが嘘だった。魔力のない僕を嘲笑い慰み者にしようと様々なことを僕にさせた。僕は頼れる情報などなく、それに従うくらいしかできなかった。
そして現在では魔力がなく眼鏡が必要だとバカ正直に話すのをやめて学者として古代遺物の研究をしているというようにした。少年の僕を見て学者なものかとバカにしてくる人はたくさんいた。しかし僕の知識量が確かに学者と呼べるものだとわかると情報を教えてくれる人がとうとう現れた。
誰も近寄らない一度入ったら出られないと言われている森。その中に古代遺跡があるという言い伝えがあると考古学者に教えてもらったのだ。僕は調査に行かないのか尋ねたところ、仲間が3人森に入ったが帰ってこなかったんだそうだ。行くなら覚悟が必要だぞと釘を刺された。僕はさすがに行きませんよと笑いながら答えてその考古学者の元を去った。
それから数日後。僕は荷物を整えて森に踏み込んだ。僕には後がない。この視力では生活もつらいし何より自身の知識を活かした学者になることさえできないだろう。もう散々いやな思いや辛い思いをしてきた。これからの人生くらい良いものにできるのであればしたい。僕は装備を整えるのに全ての所持金を投じていた。今度こそしくじるわけにはいかない。
それから2日歩いたが未だに遺跡らしいものは見当たらない。引き返そうと思ったがもはやどこから来たのかもわからない。僕は乾いたパンを齧りながら木の幹に体を預ける。
「それにしてもきれいな場所だなぁ」
かなり良くない状況であるにも関わらず僕の口からこぼれたのはそんな言葉だった。しかしつい口から出てしまうほどにこの森は美しかった。自分が学者ではなく画家であったならこの景色を残せるのに・・・などと思うほどだ。一度入ったら出られない、などという触れ込みがある森だ。きっと暗くて閉塞的な森なのだろうと思っていた。
しかし実際は緑が生い茂りその隙間から差し込む光は綺麗に輝き、美しい川のせせらぎも聞こえる。ここに来るまでに動物もたくさん見た。
このような綺麗な森であるにも関わらず、僕は方向感覚を失い進んでいるのか戻っているのかわからない状態だった。逆に森が美しくて見とれている間に迷ってしまうのかもしれない。まるで美女のような森だ。
それから更に2日歩いた。食料はもう1食分程度しか残っていない。川の近くに小さな洞穴を見つけた。疲れていた僕はそこで涼むことにしたのだがこれが間違いだった。中には白骨遺体があったのだ。僕は逃げるように走った。
そして倒れるまで走った。僕は仰向けになり肩で息をする。誰も出てこれないということはこういうことだろうと今更になって思った。息が整うと僕は最後のパンを齧る。そして歩き出した。白骨遺体のせいで自分の死というものがより鮮明になって僕の中に浮かび上がった。
長い間歩いて朦朧としてきた。僕は川で汲んでおいた水を飲む。次の瞬間、僕の身体は浮遊感と共に落ちた。水を飲みながら歩いていたせいでそこが小さな崖のようになっていることに気づかなかったのだ。2mほど落下した僕はそのまま勢いを殺しきれず少し斜面になった森を転がり落ちる。
そしてようやく身体が自由になった時、顔を上げるとそこには小さな一軒の家があった。苔むしてはいるがしっかりと煉瓦で作られているところ見ると小屋というよりは家だろう。
僕はどうせ誰もいないだろうと思い少し休ませてもらうために中に入ることにした。ドアノブに手をかけて回す。鍵がかかっているかもしれないと思ったがそんなことはなくすんなり扉は開いた。中はわりと綺麗で最近まで誰かが使っていたのではないだろうかと思えるほどにほこりなどをかぶっていなかった。
大量の本が積み上げられた室内には太陽の光が差し込み明かりを必要としなかった。
「誰?お客さん?」
そんな声が本の向こうから聞こえ耳を疑う。まさかこんな森の奥に人が?僕は確かめようと本の裏側を覗こうとして近づくがその瞬間その本の山が崩れ去った。僕とは反対方向に崩れたその山の中央が少し盛り上がっている。そこがもぞもぞと動くと中から人が姿を現した。
少女だ。歳は多分僕よりも2つ3つ上だろう。美しい金色の髪で、切っていないのか腰まで伸びている。髪が広がると邪魔なのか毛先から10センチくらいのところで結ばれている。
顔は整っているように思えるが、美人というよりは可愛い人というような感じだ。正直に言えば好みだった。
だがそんなことより僕の目を引いたのはその顔に着けられた見たことのない装飾。丸い枠の中にガラスがはめられていて、枠の端から伸びる棒が耳にかかっている。
それは文献にある眼鏡の特徴と完全に一致していた。
「いたたたた・・・。ごめんなさい、見苦しいところを見せてしまって。こんな所にお客さんが来るなんて思ってなかったんです」
彼女はおずおずと話し始めたが僕の目は彼女の顔、ひいては眼鏡と思われるソレに釘付けだった。
「あ、あのそれは・・・」
僕はソレを指さしながら上ずった声を出してしまう。初対面の相手に対する失礼などは僕の頭の中にはなかった。
「これですか?これは眼鏡っていう
「そ、それをどこで!?」
僕が食い入るようにいうと彼女は困惑したような微笑みを浮かべた。
「とりあえず落ち着きませんか?」
めがね! 寿祷郁也 @ikuyasto
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