5


「俺さー!この前保健室行ってさー!」



ドクッ


体が少し硬直し、じわっと手汗をかいた。


「…そうなんだ」


「そーなんだけどさー。やっぱ案の定開いてなかった。ちぇー、せっかくケガした部員の付き添いに行ったのにさー」


雨天のため体育館でバレーボールだった体育時間。

同じグループでもない塩野くんが、またも自分の隣を占領し、話しながら壁に向かってサーブ練習をしていた。

逆三角形先生(皆が定着して呼ぶようになった)の光る眼を恐れながら、自分は塩野くんと相反してか細い声で返答する。

だが、何度も「え?なに?」と大きな声で聞き返されるため、気づかないうちに自分の声も大きくなっていた。


「部活の先輩達が揃って可愛い言うもんだからさー。絶対拝みたいよなぁ。どんな先生なんだろうなー!乳も尻もでかいんだろうなぁ!」


「そうなりたいが為に豆乳ばっかり飲んでるよ」という言葉は喉からこぼれることなく、静かに飲み込み、気管支を通った。


「…どうだろうね…」


「顔は色気ムンムンだろうなぁ。目の下とか口の下にホクロがあったりさー!どんな女優だよ!ってなーシシシ」


逆三角形に肩を掴まれるまであと数メートルのところからそれに気づいた僕は、苦笑しながらも、ゆっくりと静かに彼から離れていった。



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「…ど、どどうして…そんな恰好を…」


「だって、一日中誰も来ない保健室に居てもつまらないから」


彼女は戸締りのために窓を閉めカーテンを直しながら淡々と答えた。

先ほどまで差し込んでいた眩しい朱色の光は消え、一気に保健室が薄暗くなった。


「その…制服は…」


「卒業生にもらったの。別に盗んだり、発注したんじゃないよ」


今日一日誰も使用しなかったであろうというベッドのシーツを、シワを伸ばしながら整えている背中をじっと見る。

性格は几帳面寄りだろうということがわかった。


「簡単に答えるんだね」


「さすがに教員には簡単に言ってないけどね。いずれはわかることだし、解雇に関わるほどではないもの」


そうなのだろうか…。

首をかしげながら、忘れ物やら落し物のチェックをしながら室内を見渡す彼女の姿の後を追った。


「…どうして…―」


「もう戸締りするから。今日はここまでね」


本題に差し掛かるであろう質問は、彼女が右人差し指で揺らす複数の鍵が当たる音によって途絶えた。

僕は無言で座っていた椅子を元ある場所に戻し、一緒に保健室からオレンジ色の光に包まれた廊下に出た。

ガチャリ


「じゃぁあたしは着替えて職員会議に行くから。気をつけてね」


小さな紙袋に入っていた白衣であろう衣類をこちらにチラッと傾けて見せながら、一年生の靴箱と反対側の方へ身体を方向転換し、時折開いている窓からの風に髪をなびかせながら、オレンジ色と共に消えていった。


彼女が廊下の角を曲がるまで後ろ姿を見ていたが、どうみてもただの女子生徒だった。

しかし、目でしっかりと確認できた白衣を思い出しながら、ようやく僕は状況を飲み込めたことに気づいた。



「…やっぱり、先生なんだ…」



落胆でも、軽蔑でもない、ただただ小さく呟いた言葉は、

廊下すぐ横の内周を走る運動部員の「ファイッオーッ!」という掛け声にすらかき消されるほどだった。



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