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彼女は同じクラスの女子とは少し違う感じがした。

別に彼女が孤立しているわけではない。誰とも仲良く話していて、男女ともに評判が良かった。


だが、授業中にちらっとみる彼女の横顔は、いつも視線を机に向け、黒板をみてノートを書くこともなしに、時にはノートも机に置かずぼうっとしていることが多かった。

でも、その表情から、気怠さや眠気は一切感じず、何か別のことを考えているような、真剣さがあり、そしてどこか大人びていた。

僕はその表情から目を離せないこともあって、時々目が合ってしまっていた。


「授業、聞いてないでしょ」


「君もだろ」

そう言いたいのに、

彼女はまた意地悪そうに笑うから、赤くなる顔を見られたくないがために、僕はすぐさま下を向いてしまう。

だけど、その顔色も彼女にはバレてしまっていて、僕の右側でクスッという声が聞こえる。

きっとまた、意地悪そうな顔をしているんだろう…―。



少し違うと感じることはまだあった。

彼女はよく女の子から話しかけられるが、最近人気の芸能人や、ファッション雑誌の話になると、かみ合っていないことが多かった。

流行っている芸人のネタには笑わないので、そういうのは好きではないのかな。と思いきや、世界史の中年ハゲ親父の、○○師匠という古臭いギャグには笑いを必死でこらえていた。

ファッションにもメイクの流行にも疎いのか、はたまた興味がないのか、ボヘミアンには飽きたとかなんとか、よくわからないことを言いながら、女同士の会話に入らないところも、よく見受けられた。


ファッションやメイクに疎いのが、男性の僕でも勿体ないと思うほど、彼女は整った容姿を持っていた。

さらさらとした顎までの長さのショートヘアーに、その髪型からしても一切のボーイッシュさを感じさせない大きい瞳と長いまつ毛。そして『ぷっくり』というよりは『ぽってり』の方が適した、桃色の厚めの唇。

肌は日焼けの経験がないかのように白く、そして後ろ姿でもはっきりわかるほど小柄で華奢な体形だった。

「幼児体形だな」

とからかわれるのが、とても嫌みたく、自分でも気にしているせいか、お昼時にはお茶ではなくお弁当に合いそうにない豆乳が置かれていることが多かった。


違う…という話題ではないのだが、彼女は時々授業にいない時があった。60分授業まるまる居ないわけではない。ただ、お手洗いだと教師に告げてから何十分も戻ってこないときも少なくはなかった。不思議に思う生徒は僕だけではないため、直球で理由を聞く勇者もいたが、

「さぼっているわけじゃないよ」

と、それ以上は答えないと言わんばかりの笑顔をされるため、誰もそれ以上は知らなかった。


とにもかくにも、僕は彼女をよくみてしまっていた。

それはだけではないのだろうが…―。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あれ、溝地くん。それって数学2の教科書じゃない?」


僕のクラス担当の数学教師は、"問題モンスター"と言われるほど、予習用と復習用の問題プリントを配りまくる人だった。

だから、数学の授業の前は、5分休憩の時間でも走り回るやんちゃな生徒でも、静かにプリントとにらめっこしているほどだった。

間違った答えを言ってしまうと、復習プリントが増える。それはどうしても避けたいので、僕もプリントとにらめっこしていた。

だから、肝心の教科書の表紙の色なんて指摘されるまで気が付かなかった。


「…え、…え?…あ、本当だ…」


数学1と数学2の教科書は表紙の絵柄が少し緑か紫がだけで、間違えやすい。一回目の授業で「わかりましたわかりました」と言いたくなるほど問題モンスターに指摘されていた。

…のにも関わらず教科書が違うことをばれてしまっては、チクチク言われた挙句、いつもより解答が当たる回数が増えるだろう。

ばつが悪そうな顔をしていると、すぐさま問題モンスターが扉をひき、その表情のまま視線を向けてしまっていたためか、目があってしまった。


「どうしたんだ溝地。予習プリントを忘れたのか?」


「い、いや…持ってきてます」


問題モンスターの目が光る。


「そうか、じゃあ溝地には一問目…ではなく!一番下の応用問題を答えてもらおうか」


一番答えたくなかった問題が先に解消されたので、どこからともなく、安堵の声が聞こえた。

そんなまわりをよそに僕は口ごもり、沈黙を流した。

僕は数学があまり得意ではない…というか特化した教科がない。

東大に行きたい、政治家になりたいというような夢もなければ、テストの点数が良ければお小遣いがあがるといった利益もないため、必死に勉強しようという心意気が僕にはなかった。

が、それが早速後悔となる。



「…なす…す」


「?」


いつも机をみているはずの彼女の視線が僕に向いていた。



「8マイナス6エックス」



ゆっくり小さな声で話す彼女の『ぽってり』とした唇を読み取る。


「…はち、マイナスろくエックス…」



「ふん、正解だ。…次!そこで安心しきっている塚沼!続いてその上の問

9の答え!」


「え~!問1に戻んないんですか~」


どっと笑いがおこる傍ら、大きく息を吐いた僕はまだ視線を僕に向ける彼女をみて頭をかいた。


「あ、ありがとう…。数学、強いんだね」


あ、またこの笑顔。

お決まりの表情で彼女はおかしなことを言う。


「ふふ…もう覚えちゃって…」


「公式のこと?」


そう聞きたかったのだが、


「ここの解答の解き方を説明するぞ!前をみろー」


と問題モンスターの声とともに、彼女は視線を机に戻してしまった。

僕もさして不思議に思わず視線を黒板に戻した。

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