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「なぁ、保健室の先生って見たことあるか?」



塩野くんが体育着の僕の背中を押しながら声をかけた。


「いてて…。え、なんて?」


ピーッ


逆三角形の上半身をした体育教師が一段と小さく見えるホイッスルを吹く。

今度は背中を押されながら塩野君くんが答えた。


「だからさー。ミゾって保健室行ったことあるか?」


溝地を"ミゾ"と呼ばれるほど、まだ彼とは仲良くなってないとは思ってたのだが…。別に嫌なわけでもないので、そのままスルーした。


「いや、…まだ」


「だよなー!4月は午前で帰宅とか多かったし、部活もまだ見学期間だからケガとかしねぇしなー。」


ピーッ


「よーし3分で倉庫から道具一式もってこーい!一人2セットだからなー!」


男子生徒が一斉に倉庫へ軽めのダッシュをする。準備運動が終わった後もなお、塩野くんは僕の隣を離れず、走りながら話しかけていた。


「なんでも、先生がめちゃくちゃ可愛いわけよ!」


「…それ、誰情報?」


「あ、俺さ、バスケ部に入ってさ。そしたら先輩が"保健室行きたいからってわざとケガ作んなよ"って言っててさ」


一階にある保健室は、一年生の靴箱には近いが、南館にある教室からだとかなり遠い。一年生の教室と音楽室…使われているのかわからない教室が、3階建ての南館にあり、

一階の渡り廊下を経て、二年生と三年生、職員室を含む5階建ての本館がある。そのため、一年生の担任以外の教員と廊下ですれ違うことがあまりない。

全校朝礼などでしか横一列で並ぶ教員をみて覚えることができないのだが、その教員の列も三年生の隣に並ぶため、こちらからすると米粒でしかない。

その先生が可愛いとかどうというわけではなく、単に知らない先生の情報を聞いておきたかった僕は、さらに体を塩野くんに近づきながら倉庫に向かっていた。


「そんなに噂になってるの?」


「学校では有名なんだってよ!三年生が一年生のときにこの学校にきてすぐ人気になって、保健室は連日満員!でもサボる生徒が続出で、教師も困っちゃってさぁ。そしたら、"誰か怪我をしたと教員から報告を受けた時だけ、保健室を開放するように!"って教頭が変な決まりを出したみたいでさ。それ以来、授業中や昼休みはほぼ開いてなくて、たま~に放課後開いてたらラッキーっていうぐらいレアもの先生らしい」


彼は倉庫から取ってきたサッカーボールを部活のようにドリブルしながら、仁王立ちしたままの逆三角形教師のもとへ戻る。

運動神経の悪い僕は二つ持つボールの片方を何度か落としながら、なおも会話を続けた。


「そんなレアものだって言われると、どうしても見てみたくなるよな~!だからさミゾ!思いっきし顔面にボール蹴ってくれよ~」


「そんな的に狙うとか僕には無理だよ」


ただでさえ蹴った方向にボールがいかない僕が蹴り上げれるわけがない。申し訳ないが、僕では塩野くんを保健室へ誘うことはできない。塩野くんは軽く肩を落としただけで済んだ。


「こらぁ!喋ってねぇでダッシュで来い!」


「あの筋肉マンが殴ってケガしねぇかな…」


「いや、今は体罰になっちゃうし…」


速度を早めながらなおも話し続ける彼をよそに、僕は一線引いたすぐ隣のグラウンドでハンドボールをする女子達の中で、彼女を探していた。

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