隣の席の養護教諭

如月 真

第一話 制服を着た教員

1



5月下旬のホームルーム。

何度担任が「静かにしろー」と注意したかわからないほど、クラス全員が浮かれ、そしてざわついていた。

それもそうだ。

入学して初めての席替えを終えたばかりなのだから。

男女ともに出席番号順で並んでいた以前と違って、男女関係なくクジ引きで決められた席順。

すでに仲良くなっていたからか、「やったね前後だ!」と喜び合う女子もいれば、

「まわり女子だらけじゃねーか」と孤立していることを嘆くふりをして、どこか若干にやついている男子もいた。


僕・溝地千里みぞちせんりは、大半の人から羨ましがられる、窓側左端列の一番奥。多少の仮眠・カンニング・早弁が免れる特等席になった。

自分自身は特に執着もなかったが、机をガタガタ移動させてる際に、「なぁ、席、交換しねぇ?」と、コソッと相談されることは何度かあった。別に交換しても良かったが、次々と要望者が押し寄せてきても困るため、丁重に断わり続けた。

前に座っていた自分の席がかなり離れていたため、僕は他の子よりも机の移動作業が遅くなってしまっていた。

まわりの机が定着し、移動スペースが狭くなってしまい、急いでガタガタ移動させるがつまってしまう。

ようやく端の一番奥にきた。

すると同時に、右フックにかけていた学生鞄が、チャックが開いている側から落ちてしまい、バサッ。ジャララッという音と共に、本やら物が散乱してしまった。

ざわつきも収まってきていたため、注目も浴び、少々恥ずかしい。

せかせかと鞄に戻していると、視界に自分のペンケースが差し出された。


「はい。これもキミのだよね」


「あ、うん。あ、ありがと。…えっと…」


「神崎だよ。隣の席になったし、覚えておいてね」


やっと散らかった物を拾い終え、静かに席につく。

僕は、失礼だと思われたかな、と気まずく下を向いた。


「ご、ごめん。まだ顔と名前が覚えきれてなくて…」


すると彼女は左の耳に髪をかけながら、意地悪っぽく笑った。


「ふふ、私は記憶力良いから覚えてるよ。溝地千里くん。"ちり"じゃなくて、"せんり"くん」


本人自身が記憶力の良さを語っていたのだから、僕の名前を覚えてくれていたことは、特別なことではないとわかっていた。

それでも僕は、名前を呼ばれたことと、意地悪そうに笑った彼女の顔を、その日家に着くまで、何度も頭の中を反芻した。



それが、僕と神崎さんの出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る