赤ずきん
かがみ透
赤ずきん
昔々、あるところに、かわいい女の子がいました。
その子のおばあさんが、ビロードでできた赤いずきんをプレゼントすると、女の子はとても気に入り、毎日かぶっていたので、そのうち、みんなから、『赤ずきんちゃん』と呼ばれるようになりました。
ある日のことでした。
「赤ずきん」
おかあさんのマーガレットが、呼んでいます。
「森の奥の、エリザベスおばあさんのところに、ぶどう酒とケーキを持って行ってちょうだい。おばあさんは、ちょっと風邪を引いてしまったようなの」
赤ずきんは驚いて、心配しました。
「おばあさん、かわいそう。わかったわ、あたし、おばあさんのところに、ぶどう酒とケーキを届けに行くわ」
「ありがとう。おばあさんの家の道は、知っているね? 途中で道草を食ったり、知らない人と話したりしてはいけないよ」
「はーい、わかりましたー」
こうして、赤ずきんは、バスケットに、ぶどう酒とケーキを入れて、森に向かいました。
森に入って、すぐのことでした。
「こんにちは、かわいい、赤いずきんちゃん」
赤ずきんに、声をかけたのは、オオカミでした。イヌよりも少々大きな、灰色の四つ足の動物で、とても、やさしそうに見えました。
「こんにちは、オオカミさん」
オオカミは、にこにこと、満面の笑みです。よく見ると、左右の目の色が、緑色と青色で、違っていましたが、きれいだったので、赤ずきんは何も聞きませんでした。
「本当のお名前は、なんていうんだい?」
赤ずきんは、ほほえんで答えました。
「マリスよ。だけど、みんな、赤ずきんって呼ぶわ。おかあさんも、おばあさんも」
「マリスちゃんか。そうだな、じゃあ、マリーちゃんでいいな。マリーちゃん、どこかへお出かけかい?」
「ええ。この森の奥にある、エリザベスおばあさんのところに行くのよ。おばあさんは、今、具合が悪いそうなの。だから、お見舞いに行くの」
「そうかい、それは、えらいねぇ!」
オオカミは、とても感心してみせました。
「でも、お見舞いなら、お花もあった方がいいんじゃないのかい?」
「あ、そうね。お花は思い付かなかったわ。でも、おかあさんに、寄り道してはいけないって、言われているの」
オオカミは、一層、人の好い笑顔になって、いいました。
「森には、きみの知らない世界がある。花はとても美しいし、小鳥の歌声、木や草たちの奏でる自然の音楽も、耳を澄ませば聞こえて来る。こんなに美しい情景を、ただひたすら歩いて通り過ぎてしまっては、もったいないよ! 良く見てごらん、世界を!」
オオカミは、おおげさな言い方をしましたが、赤ずきんは、なるほどと、うなずきました。
「たしかに、オオカミさんの言う通りだわ。ここは、こんなに美しいところだったのね!」
赤ずきんは、途端にウキウキとして、森をながめました。
そして、おばあさんのお土産にと、きれいな花をつみ始めたのです。
密かに、オオカミは、笑いました。
赤ずきんの背中に、少しずつ近付くと、口を大きく開けたのです。
どうもうな牙がむきだし、赤ずきんの背をおそおうとした時です。
ぼかっ!
オオカミは、自分に何が起きたのか、はじめはわかりませんでした。
目と目の間に、突然、ガツンと衝撃がおき、目から火花が出た思いがしました。
そして、だんだん周りの景色が見えて来ると、どたっと、自分の身体が、後ろにひっくり返ったのだとわかりました。
「あたしを食べようったって、そうはいかないわよ」
見上げると、赤ずきんが、手をボキボキと鳴らし、不敵な笑顔で、見下ろしています。
「えっ……、えっ……?」
オオカミは、まだ、よくわかりません。
「さ~て、オオカミさん、あんたをどうしてくれようかしら? 焼いて食べたら、うまいのかしら?」
ひっ! と、オオカミの全身の毛が、逆立ちました。
「やめて! 食べないで!!」
「もう乱暴しない?」
乱暴したのは、赤ずきんの方でしたが、そんなことは言ってられません。
オオカミは、うんうん、すごいはやさで、うなずきました。
「もう二度と乱暴はしないよ! マリーちゃんを食おうなんて、絶対しないから!」
赤ずきんは、しばらく、ぺこぺこあやまるオオカミを見下ろしているうちに、思い付きました。
「そうだわ! だったら、あんた、あたしのペットにならない?」
「へっ? ペット!?」
オオカミは、びっくりして、赤ずきんを見つめました。
「そうよ! あたし、前から、イヌが飼いたかったの!」
「イヌ……」
「なによ、イヤなの?」
不機嫌そうな赤ずきんの顔を見たオオカミは、慌てていいました。
「そんなことないよ、いいよ! 俺、きみのペットになるよ!」
「うわ~! 嬉しい!」
赤ずきんは、喜んで、小躍りしました。
「じゃあ、あんたは、今日から、あたしのペットね! 名前は、ジュニアよ!」
「う、うん、わかったよ!」
赤ずきんのマリスは、灰色オオカミのジュニアを連れて、楽しそうに歌を歌いながら、おばあさんの家へと、向かっていきました。
コンコンコン
「誰だい?」
「エリザベスおばあさん、あたしよ、赤ずきんよ」
「おやまあ、赤ずきんかい? どうぞお入り」
ジュニアを連れた赤ずきんマリスは、ドアを開けて、おばあさんの家の中に入りました。
奥の部屋にいくと、おばあさんは、ベッドで横になっていました。
「おばあさん、大丈夫?」
赤ずきんは、ベッドに近寄りました。ジュニアは、まるでイヌのように、しっぽを振りながら、赤ずきんの横に並びました。
赤ずきんは、おばあさんの様子が、いつもと違うように思いました。
「ねえ、エリザベスおばあさん。おばあさんの耳って、そんなに大きかったかしら?」
「お前の声を、よく聞くために、大きくなったんだよ」
「おばあさんの目は、どうして、そんなに大きいの?」
「お前を良く見るためだよ」
「おばあさんの手は、どうして、そんなに、毛むくじゃらで、大きいの?」
「お前を、がっちりつかんで、放さないためだよ」
赤ずきんは、少し首をかしげました。
「おばあさんの口は、どうして、そんなに大きいの?」
「それは……、お前を食べるためだよ!」
ベッドの上の、おばあさんの口が、ぐわっと開き、するどい牙が見えました。
「キャーッ!」
近くを通りかかった青年は、甲高い悲鳴を聞きました。
栗色の髪に、青い瞳の青年でした。背中には弓を背負い、腰には、剣を差しています。
青年は、エリザベスおばあさんの家のドアを蹴り飛ばし、中へ飛び込みました。
家の中では、ネグリジェを着た大きなオオカミが、ベッドで立ち上がり、赤いずきんをかぶった女の子に、今にも、つかみかかろうとしているところでした。
「キャーーーッ! キャーーーーーーッッ! キャーーーーーーーーーッッッ!」
ふと見ると、部屋の隅に、灰色オオカミがしゃがみこみ、手を口元に持っていき、ガタガタと震えながら、恐怖におびえた顔で、必死に悲鳴を上げています。
「悲鳴は、お前か!?」
青年は目を丸くして、縮こまるジュニアを見ていましたが、すぐに、赤ずきんをかばうように、ベッドの前にいきました。
「あなたは、誰!?」
驚いた赤ずきんが、たずねます。
「俺は、猟師のケインだ。赤いずきんのおじょうさん、こいつは、人食いオオカミだ。危ないから、下がっていなさい。俺が倒す!」
といって、ケインは、腰の剣を抜きました。
赤ずきんは、好奇心の強い子だったので、つい聞きました。
「どうして、猟師さんなのに、弓を使わないの?」
「矢を忘れた」
その場は、「ええ~、猟師なのに?」という残念な空気になりました。
「だけど、剣でも充分だ! 出でよ、ダーク・ドラゴン!」
とつぜん、剣の刃が、黒く染まったと思うと、影で出来たような黒いドラゴンが、現れたのでした。
影のようなドラゴンは、風のように、部屋中を飛び回ります。
「キャーーーーーーッッッ! こわいーーーーーーっっっ!」
またしても、ジュニアが叫び、よけいに、首をちぢめています。
「これは、いったい、なに!?」
赤ずきんも、影のドラゴンを見上げています。
「こいつは、魔界に棲むドラゴンだ。魔族もかなわない」
「魔族って……、あれは、ただの人食いオオカミよ」
「弓がつかえないかぎり、これで戦うしかないんだ!」
「待って! おばあさんが、いないの! エリザベスおばあさんが、もし、あのオオカミに食べられてるんだとしたら? 今なら、まだ助け出せるかも知れないわ!」
「そうか、わかった! じゃあ、ダーク・ドラゴンは、やめよう!」
影のようだったドラゴンは、ケインの剣に、シュッと戻りました。
すると、風はおさまりました。
「なんなんだよ、おめえはっ!? おどかすんじゃねぇっ!」
ジュニアが吠えましたが、ケインは気にする様子もなく、そのまま、人食いオオカミの腹を、剣で、縦に切りさきました。
「ぎゃーーーーーーっ!」
オオカミは、叫んで、倒れました。
そして、やぶれた腹の中からは、エリザベスおばあさんが出て来たのでした。
「おばあさん!」
赤ずきんは、おばあさんにかけよります。
おばあさんは、たいへん弱っていたので、持って来たぶどう酒とケーキをあげると、すぐに元気になりました。
「送っていくよ。帰りに、また人食いオオカミが出たら、危ないよ」
猟師が言いました。
「ありがとう、猟師さん」
赤ずきんが、にっこり笑うと、エリザベスおばあさんが、後ろから言いました。
「赤ずきん、オオカミは、オオカミの姿をしているとはかぎらないのだよ。親切そうに見える人でも、油断させておいて、いきなりおそってくることがあるんだよ。そういうのを、『送りオオカミ』というんだよ」
「えっ、なんですって?」
赤ずきんは、びっくりして、猟師を見ました。
「僕は、そんなことしません」
猟師は、真面目な顔でいいました。
「いいや! 魔界の竜なんか、あやつるあんたなんかには、こわくて、うちの赤ずきんは、まかせられないね」
おばあさんは、助けてもらったことなど、まるで忘れてしまい、恩知らずなことを言っています。
「そうだよ! こんなやつに送らせるなんて、ぶっそうで、しかたないよ!」
ジュニアも、そう言い張りました。
「あら、でも、ダーク・ドラゴンなんて、面白そう! もう一回見てみたいわ」
赤ずきんは、興味しんしんの目で、猟師を見上げています。
「これ、赤ずきん! またそんなことを言って!」
「だめだよ、マリーちゃん、あぶないよ!」
おばあさんに続いて、ジュニアが赤ずきんに言います。
「おい、そこのオオカミ。さっきから、お前は、なんなんだ?」
猟師が、不可解な顔をしてききました。
「俺様は、マリーちゃんのペットだ!」
「ペットぉ!?」
猟師も、おばあさんも、とても驚きました。
「あ、赤ずきん、……正気なのか?」
おそるおそる、猟師が赤ずきんを見ました。
「ええ、ほんとうよ。あたし、このオオカミを飼うことにしたの。ジュニアって名前なの」
おばあさんも猟師も、あわてました。
「いいかい、おじょうさん、良く聞くんだ。オオカミをペットになんか、出来るわけないだろ? やめた方がいい」
「あたしの言うことなら、聞くわ」
「だめだ! いつ本性が出るか、わからない! 危険だ!」
「大丈夫よ。あなたがそばにいてくれるなら」
赤ずきんは、たのもしそうに、猟師を見上げて、いいました。
「そばにいて。あたしをまもって」
猟師は、赤ずきんから、目をはなせなくなりました。
どくん、どくんと、心臓の音が大きくなり、ほっぺたが、赤くなっていきます。
「ずっとそばにいる!」
猟師は、ガバッと、赤ずきんを、だきしめました。
「送りオオカミだ!」
エリザベスとジュニアが、さけびました。
おーしーまい
赤ずきん かがみ透 @kagami-toru
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