薄野穂香

 女は雨宿りしている。今日女は母親からの忠告を聞かずに家を飛び出して行ってしまった。いわば自業自得である。女は、今日とある男とデートをする予定だったのが、待ち合わせの時間になっても男が来なかったために、短気を起こし、帰ろうと駅に向かっていたら、ゲリラ豪雨に巻き込まれてしまった。よって、女は今駅近のコンビニの雑誌コーナーの前にいる。女は男におごってもらう気満々だったために財布の中は交通費のみ。さらには銀行のカードも自宅から持ってきてない。

「あのバカ今どこにいるのよ…」

 女は、いらただしさからか、はたまた約束の時間に男が来なかったショックからか、一人悲しげにポツリと呟く。それを周りの客から隠してくれるように雨脚が強くなる。隣にいるサラリーマンは腕時計を苛正しそうにみながら、自動ドアに向かって走り、コンビニを後にする。それに続いて、周りの客全員もコンビニを後にする。

 なんで彼は来てくれないの?なんで彼は連絡の一つもしてくれないの?なんで…今日は私が初めてデートに行くって言ったからかな?私より他の女を選んだのかな?そうだよね……私なんかそこまできれいじゃないし、そこまで性格がいいわけでもない。むしろ私は、ひねくれているほうよ。私なんか…私なんか!

 そう女は心の中でつぶやくと、コンビニを飛び出し、目の前にある汽車の前で、棒立ちになる。いやならざるおえなかった。男が来るかもしれない。男が女の眼前に現れるかも知れない。そう思うと女はその場から離れることができなかった。だが男は現れない。すぐに止むと予想していた雨も全く止まず、女は三十分いや、二時間も待っていた。日も落ち周囲に街灯が灯り始める。すると、女の目の前に男が、

「!ケン…ト?」

 現れたのは男と同じ職場の女がいる。つい最近、仕事の関係でラインと会社のPCメールを交換したばかりの女だった。

「こんにちは、ああ……ごめんなさい、もうこんばんは、というべきかしら?」

 どうやら、この女はたまたま女の前をすれ違ったわけではないらしい。

「……こんばんは、如月さん。何か私に用があるのかしら。」

 すると、眼前の女は信じがたい、嫌、女にとって信じたくないことを口走り始める。

「あんたの彼、私のものになったから。」

 私はショックのあまり何も言うことができない。一体、私は今どういう表情をしているのだろう。ただ分かっていることは、嗤っているということだけだ。

「あんた……何言っているか分かっているの。」

 周囲にいる通行人は知らんぷりするものもいれば、勝手にツイッターに上げようとしているのか、手元にあるスマホのカメラをこちらに向けてくる悪趣味な大学生も現れる。

「私、あんたと初めて仕事したとき、確か、一か月前だっけ?あの時、賢人もいたでしょ?あの時から私、彼をあなたから離そうと、いろいろアプローチをかけてみたんだ。そしたらさ、案外尻軽でさ、糞だったよ。あの男。私と二人っきりで飲んだ後、私がラブホに誘ったらさ、のってきて、マジウケたよ。」

 女は何も考えられない状態にまで追い込まれる。女たちをじっと眺めるギャラリーができ始めている。すると、ここでずっと待っていた男が、駅から走って向かってくる。

「待ったか、ごめ…ン?」

 男は、とぼけているのか、それともごまかしているのか、何故女たちがいるのかを理解できない様子でいた。

「待ったか加奈子……。」

 男は女に話しかけ、肩に手をのせる。だが女は答えない。その様子をうっすらと笑みを零しながら眺める女。

「私、帰る。」

 女は、女が言ったことを信じてしまったのか、そんな言葉がこぼれる。男は、眉間に皺を寄せる。

「いい~よ~。この女おいてどっかに行きましょうよ、ね?」

 男は女の言葉を無視する。

「あの日、私と一緒に寝たわよね?」

 男が驚きのあまり女の顔を見る。

「あの時は酔っていたから…」

 女は、驚きのあまりか、それとも絶望のあまりか、目を見開いている。

「私帰るっ!」

 女は、駅に向かって走り去る。だが、男は追いかけようとしなかった。

「どこか一緒に行きましょ?」

 女は下目使いで男にそういうと、男はそうだなと呟き、そして指を絡め、そしてつないだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薄野穂香 @032303230323

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る