第10話 琵琶湖大学側の話

「どうしたものだろうね。」


 結城良彦と岡本浩太は途方に暮れていた。

綾野祐介の消息は依然として知れない。大学

にも何の連絡も入ってないらしい。無断欠勤

が続いているようだ。このままだと、免職処

分になる、とのことだった。休むのはいいが、

連絡がないのが拙い。浩太の伯父の勇治が行

方不明の時はいろいろと手を回して免職処分

にならないようにしてくれた綾野が、今度は

自らの免職の危機なのだ。浩太は勇治に連絡

をとって、大学側に働きかけてもらうことに

した。


 岡本浩太にすれば、手がかりがあるとすれ

ば、財団くらいだったが、浩太から

連絡をする術がなかった。


財団か、判った、こっちであたっ

てみるよ。」


 財団への連絡は結城に任せること

にした。ただ、財団の性格からして中規模の

新聞社である陽日新聞からのアポが取れるか

どうか、心もとないと浩太は心の中だけで思

った。


「岡本くん、一体君は何をしようとしている

のだね?」


 琵琶湖大学の事務長である塔山勇一郎に呼

び止められていきなり岡本浩太はそう詰め寄

られた。


「何をって、綾野先生を探しているだけです

が、それが何か?」


「その件については私のところに綾野先生か

ら休学届けが着いている。病気療養、とのこ

とだ。行方不明になった訳ではないよ。あま

り、騒ぎ立てないでくれたまえ。」


「え、そうなんですか?。でも、前に聞いた

ときは無断で休んでいる、って仰ってました

よね?」


「そんなことは、言ってないだろう。君の勘

違いではないのかな。とにかく、綾野先生の

件についてはそういうことだから、多分完治

すれば戻って来られるだろう。」


「では、綾野先生は何処で療養なさっておら

れるのですか?」


「そんなことは、君に教える必要はないだろ

う。まあ、届けにはそこまでは書かれていな

かったがね。」


 そういうと、塔山事務長はさっさと行って

しまった。どういうことなのだろう。前に浩

太が聞いたときには無断欠席だと、怒ってい

たのにもかかわらず、今は浩太の勘違いだと

言われる。


「これは裏に何かあるのだろうな。」


 どんなに鈍い者でも、そう思うだろう。何

かを隠そうとして、そんな工作をしたのだと

したら、あまりにもお粗末だった。大学ぐる

みで隠蔽をしようとしているのだ。敵は案外

身近に居た、ということか。浩太は早速、結

城良彦に連絡を取って事の次第を伝えた。


 結城の意見も同様だった。綾野の行方は大

学が知っていて隠しているのだ。若しくは、

大学側が積極的に綾野を監禁でもしているの

だろうか。浩太は伯父の岡本優治にも連絡を

取り、琵琶湖大学に綾野の件で折衝してもら

う件について、待ってもらうことにした。


「判った。でも浩太、あまり無理はするなよ。

お前まで大学に居られなくなるぞ。それだけ

なら、まだいいが、前みたいに命に係わるこ

とになってしまう可能性が高い。俺がそっち

に行ければいいのだが、せっかく綾野の尽力

で残れた大学を放っては行けないしな。とく

かく、くれぐれも無茶はするな。」


「判ってるよ、こっちで結城さんも手伝って

くれてるし、大丈夫、任せておいてください。

きっと綾野先生は僕が見つけ出す。」


 優治に言った言葉を自分にも言い聞かせて

いる浩太だった。



 岡本浩太は大学が綾野祐介の行方を知って

いると確信したうえで、新山教授に相談する

ことにした。新山教授が何かを隠しているこ

とは確かだが、綾野の行方に関しては協力し

てくれると思ったからだ。利害関係ははっき

りしないが、とりあえず敵ではないと信じる

しかない。そう、話し合った結果、浩太と結

城良彦は改めて新山教授を訪ねた。


「どうも、大学自体が関与してるみたいなん

です。」


「何かそう思わせるようなことがあったのか

ね?。」


 浩太は塔山事務長の豹変振りを説明した。


「なるほど、それはおかしな話ではあるな。

判った、私の方でも探りを入れてみよう。綾

野君には世話になっているから、それぐらい

のことはさせてもらうよ、それがもしかした

ら私と大学との確執に繋がったとしてもね。」


 どうも、やはり何かを知っていて隠してい

るように見受けられるのだが、浩太はそれ以

上何も言えなかった。とりあえず、協力して

もらえるだけで十分だろう。話せる時がくれ

は、新山教授本人か助手である杉江統一から

詳しい話が聞ける筈だ。本質的に悪い人間で

はないことは判っているので、信じるしかな

かった。


 しかし、自らと大学との確執に発展する可

能性がある、と感じていると言うことは、綾

野の行方がかなり大学にとってデリケートな

問題であり、犯罪の匂いすらすることである

かのようだ。そして、それを覚悟のうえ、と

いうことは、綾野に対して新山教授は相当な

恩義を感じていると言うことになる。


 浩太は先日のとの邂逅を思い

出していた。あの場所に新山教授が居合わす

ことができたのは、綾野のお陰だと言える。

それは新山教授本人の強い希望もあったのだ

が、教授単独では到底山に

辿り着くことはできなかったであろう。そし

て、無事に地上に戻ることも。


 そして、浩太は思い出していた。

の洞窟で、新山教授と杉江の二人だけが

残った時間があったことを。多分あの時に何

らかの、教授が目的としたことが達成された

のだ。


 に対し何らかの申し出をして、

それが受け入れられたのか。或いは質問をし

て有効な回答を得られたのか。それとも何か

冒涜的な密約が結ばれたのか。いすれにして

も、それは新山教授にとって大切なことだっ

たのに違いない。そんなことでもなければ、

あのような危険な場所に赴く必要など無い筈

だった。そういえば、最近この生物学部の研

究所に恩田助教授が出入りしてるらしいのだ

が、それもかかわりがあるのだろうか。次は

恩田助教授にも探りを入れてみようと医学部

に向かうのだった。



「塔山君、私にも話せないことなのかね?」


 新山教授は岡本浩太たちが帰った後、すぐ

に事務長の塔山を訪ねた。目的は勿論、綾野

祐介の行方だ。


「新山教授、何の話かわからないのですが。

綾野先生は病気療養の為に休職中ですよ。そ

れ以外のことは、存知ません。プライベート

に関することにもなりますし。どこの病院だ

とも、療養場所だとも聞いてはおりませんが。

岡本君たちが仕切りに気にしているようです

が、教授のところにも来たのですね。放って

おかれたらどうですか?教授もお忙しいでし

ょうに。」


 塔山はそれだけ言うと、さっさと行ってし

まった。新山には話すつもりはないらしい。

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