第7話 薄い灰色の建造物

 冬枯れの葦が一層寒さを感じさせる、とて

も陰気な場所にその建物はひっそりと建って

いた。同じロケーションでも海辺ならばもっ

と違う印象になるのかも知れない。ただ、海

といってもあくまで太平洋であり、日本海で

はここと同じような印象になってしまうのだ

ろう。湖と云うものは概してマイナーなイメ

ージがあるのではないだろうか。それともこ

の場所が特別なのだろうか。


 その建物は、建物自体が陰気な印象を与え

る。今現在あまり利用されていないことも要

因のひとつだろう。機能を重視しすぎた外見

のコンクリートの打ちっぱなしなのもいただ

けない。一時流行したのだが、今思えば味も

素っ気も無い、単にお金を掛けていない手抜

きのような印象を与えるだけだ。


 季節にも問題があるのかもしれない。2月

にはほとんど明るいイメージは湧かない。ど

うしても雪や寒さのイメージが優先してしま

う。


 その建物は地上二階建てに見えた。外観は

二階建てなのだ。但し、建物の本来の目的で

ある部分は見えている二階には無かった。地

下があるのだ。地下は六階まであった。地上

部分よりもずっと大きい。


 建物には「琵琶湖大学付属病院心理学病

棟」と書かれてあった。平たく言えば精神を

病んだ人々が収監される病院なのだ。管理部

門が地上の二階にあり、病棟は全て地下だっ

た。解放的な病室で病気を癒すのではなく、

完全に隔離してしまうことが目的だった。重

度で治癒の見込みが全くない病人が収監され

ているからだ。


 だから退院するものはいない。そのせいで

嫌な噂が流れているのも確かだ。この病院に

入ったら何かの人体実験の実験台にされて殺

されてしまう、というのだ。


 最近ではこの手の病院は皆無といってよか

った。人権問題が問い沙汰されている昨今で

は完全に患者を監禁してしまう病院では人聞

きが悪くて入院させたくとも出来ない状況に

なっていたのだ。


 結城良彦は日本に帰国してから何かと忙し

かった。上司である郷田局長は結局自己満足

しただけで結城が取材したものを何らかの形

で発表する機会を奪ってしまった。時期尚早、

或いはフィクションにしか思われない、とい

うのが理由だった。郷田局長自身も半信半疑

なのだ。いろいろと目の当たりにした結城で

さえ、もしかしたら夢だったのだろうか、と

時々思ってしまうぐらいなので、仕方ないと

いえば仕方ない話だった。結城は結局政治部

に復帰が許されて、それどころではない状態

になってしまったのだった。ただ、綾野達の

ことを忘れた訳ではなかった。簡単に忘れら

れるような体験ではなかったからだ。


 帰国後数ヶ月があっと言う間に過ぎてしま

い、奈良に長期出張の話が出てやっとゆっく

りとアメリカでの出来事を考える時間が得ら

れるような気がした。ただし、関西出身の政

治家の地元での評判を地元に顔が割れていな

い結城が内密に探ることが長期出張の仕事内

容だった。地元建設業者との癒着の証拠を見

つけなければならない。奈良に入っても一ヶ

月ほどは休み無しで情報収集をやらなければ

ならなかった。



 そんなこんなで、結城が帰国後どうしても

もう一度会いたかった綾野祐介を訪ねたのは、

アメリカで別れてから半年以上も経った後だ

った。前回訪問したときと同様に琵琶湖大学

伝承学部の講師控え室に綾野を訪ねたが、控

え室には鍵が掛けられていた。仕方無しにそ

の辺りにいた生徒に綾野の所在を聞いてみる

と誰も言葉を濁してまともに応えてはくれな

かった。岡本浩太という生徒か枷村忠志とい

う生徒を見かけなかったか、と聞くとその内

の一人が岡本浩太の居場所を教えてくれた。

この時間ならコンヒニでアルバイトをしてい

る筈だというのだ。


 訪ねてみると確かに岡本浩太はレジに居た。


「久しぶりだね、岡本君。陽日新聞の結城良

彦です、覚えていますか?」


 最初は何のことかよく判らない様子だった

が、直ぐに思い出したように、だが顔色が変

わった。


「ええ、覚えています、でも今はちょっとま

ずいんで、10時過ぎにここに来てくれませ

んか。その時間で上がりですから、お話なら

その後で伺います。」


 こちらの用は聞かなかったのだが、どうも

岡本の方でも結城に話が、それもとても込み

入った他人には聞かれたくないような話があ

るようだった。結城は綾野祐介の居場所を聞

きたかっただけだったが、10時まで待つこ

とにした。この半年の間に何かが起こったの

だ。それを確かめなければならない。


 暫く時間を潰して10時にもう一度岡本浩

太がアルバイトをしているコンビニエンスス

トアに行くと既に店の前で待っていた。


「少し早めに上らせて貰ったんです。僕の部

屋に来ませんか、そこでいろいろとお話した

いことがあるんで。」


 結城良彦は浩太の申し出とおりアパートに

付いていった。アパートまでの道は歩くとか

なりあったが、浩太は自転車を押して歩く間

無言だった。何をどう話そうかと考えている

かのようだ。


 部屋についてもなお、何から話そうか迷っ

ているようだったが、岡本浩太は順番にあり

のままの出来事を話し始めた。


 それは衝撃的な告白だった。自らが旧支配

者であるところのに吸収された

こと。友人の桂田利明を救うために

の封印を解く方法を探さなければならな

かったこと。(この辺りの話は多少、綾野祐

介から聞いていたのだが。)そして、再度訪

れた山での出来事。桂田は

結局精神を病んでしまっただけで、

の開放には至らなかったこと。


 そのこと、そしてその前のの封

印を解く寸前までいったこと併せて、全てが

が画策した、

の封印を解くステップに過ぎなかったこと。


 岡本浩太と桂田利明は程度の差はあるが

に吸収されそのDNAが変質を生

じてしまったこと。橘良平と綾野祐介はそれ

ぞれの遺

伝子を受け継いでいたこと。


 何から何まで驚きの連続だった。


「それで、その綾野先生はどうしたんだ

い?」


「それが行方不明なんです。医学部の控え室

でナイ神父が現れてから何度か医学部に診療

というか検査に来ていたらしいんですが、休

職届が出されていて、今学期の講義はまった

くしていないんです。大学の関係者に聞いて

も全く要領を得ないんですよ。」


「医学部の検査っていうのはどうだったんだ

い?」


「恩田助教授、っていうのが例のナイ神父の

ときにも同席していた人なんですが検査の内

容はプライベートなことだとか言って話して

くれないんです。」


「手がかりは全くないのかな。」


「出来れば何か手がかりを探す手伝いをお願

いできないかと思ったんですが。」


「判った、僕も綾野先生にはもう一度会って

話がしたいと思ったからここまで来たんだか

ら、ぜひ手伝わせてもらおう。」


 こうして岡本浩太と結城良彦は綾野祐介の

行方を捜すことになった。

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