第6話 それぞれの帰国

 結城良彦は社命により

に滞在しているので、綾野祐介についてい

くことは出来なかった。目を負傷(?)した

綾野はリチャード=レイに連れられてプロヴ

ィデンスの財団に向かったのを見送

るだけだった。物質的に存在を失ってしまっ

た綾野の右目は現代の医学、科学では説明の

つかない存在になってしまっていた。とりあ

えず命に別状はないようだ。


 結城はその後暫く、

大学付属図書館に通いつめた。そこでは

数々の稀覯書きこうしょを閲覧できたのだが、何が現実

で何が虚構なのか曖昧になってしまった。ラ

ヴクラフトはある程度確信を持っていたのだ

ろうか。ただ、それをそのまま発表したとし

ても、誰も信じなかっただろう。小説、とい

う形で発表したのはそのためだった。心ある

人には真実を伝えたい、ラヴクラフトはそう

考えたのだ。


 だから現存する稀覯書きこうしょについて言及はほぼ

正確なものだった。現実とある程度の脚色を

加えて小説を書いたのだ。結城はほぼ半月の

間に日本人としてはこの方面での第一人者に

比肩するほどの情報を持つに至った。綾野祐

介の手配で財団の協力を得られたこ

とが非常に大きかった。大学

付属図書館での対応も一般の閲覧者とは全く

違う扱いだった。本来閲覧できない稀覯書きこうしょ

数点閲覧させてもらえた。結城には古代ヘブ

ライ語や上位ルーン文字は解読不可能だった

が、図書館長の手配でかなりの部分の日本語

訳を見せてもらえた。図書館長は綾野の友人

だったのだ。ただし、『』だ

けは無理だった。


 この『』という稀覯書きこうしょは狂

えるアラブ人、アヴドゥル=アルハザードに

よって書かれたものだが、世界にも数冊しか

確認されていない。そのうちの一冊がこの図

書館に保管されているのだ。『

』には旧支配者たちの力を借りる方法がか

なり詳しく綴られているらしい。こんな稀覯きこう

しょが一般に閲覧されていようものなら、世界

はパニックに陥ってしまうだろう。閲覧不可

は全く持って妥当な判断だと結城は思った。

自分が閲覧出来ないのも仕方ない。綾野やリ

チャード=レイは過去に見たことがあるらし

いので、二人から内容については取材するつ

もりだった


 リチャードには一瞥以来会ってはいない。

財団を通じて連絡は取れるだろう。


 取材したものを報告書にまとめて、結城は

帰国することにした。郷田局長にもその旨報

告し、帰国の許可を得た。それなりの収穫は

あった、と判断されたのだろう。結城はこの

件にどっぷりとはまり込んでしまっていた。


 帰国の報告をするために財団のプ

ロヴィデンス支部を訪れた。最近までここの

支部長は日本人だったらしい。そこで入院し

ているはずの綾野の情報が聞けると思ったのだ。

しかし、意に反して綾野は既に帰国した後だ

った。目の方は体の異常としては識別されな

かったのだ。「・サーガ」

が入手でき、その解読に成功したので急ぎ帰

国していったのだという。教え子の命に関わ

るのだ、自分の体どころの騒ぎではなかった

のだろう。それにリチャードも同行したらし

い。二人とも日本なら、帰国してから訪ねる

ことにして結城自身も帰国の途についたのだ

った。

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