第5話 地下での邂逅
「だっ、誰だ。」
リチャードは拳銃を声の方に向けて問いた
だした。
「おやおや、物騒なものはしまっていただけ
ませんか?結城君、君から彼に紹介してもら
えないだろうか。」
それは綾野祐介だった。結城たちの後を追
ってきたのならば後ろから声がした筈だが、
綾野の声は前からだった。違う入り口からこ
こまでたどり着いたのだ。多分海側からだろ
う。
「綾野先生、どうしてここへ?」
「いろいろと日本で事情があってね。ある書
物を探しているんだ。君も協力してくれない
か?それで、その紳士には紹介してもらえな
いのかな。」
結城はリチャードに綾野を紹介した。やっ
と納得してリチャードは綾野に向けた拳銃を
降ろした。
「生きた心地がしなかったよ。」
綾野は取り急ぎ訪米の目的を二人に説明し
た。ツァトゥグアの封印を解く方法を探さな
ければ教え子の命がない、というのだ。
「そんなことで、ツァトゥグアの封印を解く
つもりなのか?」
かなり強い口調でリチャードが詰め寄った。
結城にはどちらの気持ちも理解できた。一人
の命のために人類全体が危機にさらされるこ
とになるのだ。だが、綾野としては残してき
た教え子を見捨てる訳にはいかないだろう。
結城にも人道的にも心情的にもそんなことは
出来なかった。
「その話はとりあえず置いておいて、ツァト
ゥグアの封印を解く方法を見つけること、そ
のものの意味はあるでしょう。解く方法が見
つかるのなら再び封印する方法や二度と解か
れなくする方法も見つかるかもしれない。」
リチャードはそんな話では説得されない様
子だったが、とりあえず最終的な目的が違う
が、書物を探すという意味では協力できる筈
なのでドアの中に入ることには同意したのだ
った。
ドアを開けるとそこは倉庫のような部屋だ
った。ドアの無い壁三方に天井までの棚が作
られており、様々なものが置かれている。左
側の壁には壺のようなものが多く飾られてい
る。
を開けてみた。
「何か粉のようなものが入っていますね。」
「なんの粉でしょう。」
「分析してみないと全く想像もつきませんね、
どこかで分析を頼めますか?」
「判った。私が知り合いに頼んでみよう。」
粉はリチャードに託すことにした。
ほかにもいつくか開けてみたが特に変わっ
たものは入っていなかった。
正面の壁には箱がたくさん並べられている。
今度は勇気が開けてみた。
「ああ、中は書類がたくさん入っていますね。
何かの資料のようです。結構知らない単語が
多いなぁ。リチャードさん、見ていただけま
すか?」
リチャードはその資料を暫く見ていた。そ
の間、綾野と結城は違う箱を片っ端から開け
ていった。しかし、ほかの箱にはガラクタし
か入っていない。なぜこんなものが大切にこ
んな部屋にしまってあるのか、見当がつかな
かった。
「何か判りましたか?」
「これはダゴン秘密教団の議事録のようなも
ののようだ。内容はおぞましいと言うのにつ
きるな。教団から抜けようとした者の処分に
ついて多く記されている。さっきの粉に触っ
たかね。」
綾野が少し触れていた。
「それがどうかしましたか?」
「聞きたいか。」
リチャードは話したくなさそうだった。
「ええ。」
「あの粉は処分された者たちだ。」
「処分された者たち?」
「どういう意味ですか、あれはただの粉じゃ
ないですか。火葬した灰とか。」
「そうじゃない。あれは全てだ。」
「全て?」
リチャードの言う意味は二人には理解でき
なかった。灰ではない。火葬したものではな
い、という意味なのだろうか。
「全て、という以外に説明のし様は無い。か
なり強引に説明するとすれば人間を酸のよう
なもので完全に溶かしたもの、だがこの説明
は少し違うな。」
「酸、ですか?」
「いや、それは君たちに判りやすい様な言葉
がほかにないからそう言っただけだ。胃酸、
と言った方がまだ近いだろう。」
リチャードによると胃酸?のような液体に
よって処理された人間一人分が壺ひとつに収
められているらしい。
「それを触ったらどうにかなるんですか?」
「何も変化はないかね?」
「特に何も?」
「この粉は死者再生に必要なとても重要なも
のなのだ。ただ、この粉だけでは死者再生の
用は成さないのだが。不用意に触れたものに
は、さっき話した酸のようなものを生成した
ものの呪いがかかるらしい。教団の者に特に
注意して扱うように指示を出した、と記され
ている。ただ、生成したものについてはただ、
『彼のもの』と言う表現しか記されていない
がね。」
特に綾野には変化が見られない。直ぐに症
状が現れるような呪いではないのか、それと
も呪いは掛けられなかったのか、今のところ
判断はつかない。
「それと様々な
記されている。いくつかはこの部屋に保管さ
れているようだ。あとは、例えばネクロノミ
コンの所在などは我われの間ではよく知られ
ている場所を記しているだけだ。ミスター綾
野、あなたの探しているサイクラノーシュ・
サーガはこの部屋にあると書かれているぞ。」
「そうですか、ありがとうございます。でも
この部屋の一体どこにあるのでしょうか。」
「そこだ。」
リチャードが指し示したのは右側の壁に置
かれた大きな箱だった。右の棚にはその箱し
か置かれていない。正面に置かれていたたく
さんの箱よりも一回り大きいものだ。
綾野は直ぐに開けてみた。そこには先ほど
みた粉が箱いっぱいに詰められていた。
「こっ、これは!」
「綾野先生、触っては駄目です。呪いが、さ
っきは少量だったので無事だったかもしれま
せん。こんなに大量な粉に触れたらどうなる
か判りませんよ。」
「ミスター綾野、その箱はその場所からは動
かせないように細工がされているようだぞ。
箱そのものをこわしてみよう。」
リチャードはそう言うと箱の隅を狙って拳
銃を発砲した。ところが、箱は壊れるどころ
か傷ひとつ着かなかったのだ。
「壊すことも出来ないようだな。」
「私がやります、どうせさっき粉には触れて
いるのですから、私しかできる人間はいない、
ということでしょう。」
「そういうことになるな、どうしても君が例
の本を手に入れたいのなら。」
リチャードは止めようとしなかった。結城
も綾野の表情を見て声が掛けられなかった。
死すら覚悟している顔だったからだ。
綾野は無造作に箱に手を入れて探っていた。
「あった。」
綾野が箱から取り出したのは古い、想像も
つかないほど古い書物だ。だが背表紙も表紙
も結城には全く読めなかった。
「間違いないな、これはサイクラノーシュ・
サーガだ。」
「リチャードさん、判るのですか?」
「『エイボンの書』と同じ言語で記されているか
らな、当時のサイクラノーシュでの公用語だ
ったのだろう。ミスター綾野、この本の解読
は私がアーカム財団と早急に行おう。任せて
もらえるかね。」
「ええ、お願いします。私は暗号解読は結構
得意なのですが、古代文字となるとそれほど
ではありませんから。アーカム財団には私か
らも依頼しておきます。」
「綾野先生、でも本当に大丈夫なのですか、
何か変化はありませんか?」
結城にはそれが気がかりだった。本は綾野
が外気に触れないように袋に入れてリチャー
トに手渡した。少し様子がおかしい。
「うっ、うおうううううう。」
急に綾野が叫びだした。顔を押さえている。
いや、目だ。右目を抑えている様だ。
「目、目が、目が焼ける、溶ける、熱い、焼
ける。」
綾野は床を転げまわっている。その声から
はとてつもない痛さが伝わってくる。
「先生、綾野先生!」
結城の声は届いていないようだ。
「うわぁぁぁ。」
急に綾野の体が静止した。相変わらず右目
を押さえて俯いている。
「だっ、大丈夫ですか。」
綾野は暫くそのままだったが、やがて左手
を突いて腰をあげ、立ち上がりかけた。結城
は慌てて手を差し伸べた。そして綾野の顔を
覗き込んだ。
「せっ、先生!」
今度は結城も静止してしまった。綾野の顔
はもう右手で覆われていない。
「どうしたんだ。」
リチャードも綾野の顔を覗き込んだ。
「その右目は一体なんだ。」
結城とリチャードが覗き込んだ綾野の右目
にはただ暗黒が、そう暗黒としか表現できな
いものがあるだけだった。
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