第4話 インスマスの地下にあるもの

 何が真実で何が虚構なのか。どこまでがフ

ィクションでありどこからがノンフィクショ

ンなのか。それとも真実と事実の間に曖昧な

境界線が引かれているとでも云うのだろうか。

いくつかの現場を取材し、何人もの関係者に

話を聞いた今、結城良彦には判らなくなって

いた。


 創作された神話に多少の現実を散りばめる

手法でH.P.ラヴクラフトとその弟子のよ

うな人たちは一種独特の世界の構築に成功し

ていた。あくまでそれは小説の形で発表され

た創作の世界である。しかし、その中で語ら

れている話の一部には事実が含まれている。

取材する中でその現実と対面した結城は、日

本で起こったことも何らかの関係があるので

はないか、と思われてきた。合衆国政府はも

ちろん、日本政府も事件を隠そうとしている。

これは一般市民に事実を知らせられないと判

断したためだ。ではそれはどういう意味なの

か。単なるや何かの怪物が出現し

た事件は、それ自体はセンセーショナルであ

っても完全に報道規制されるような種類の事

件では無いはずだった。


 ではなぜ報道規制されたのか。それはそれ

らの事件の裏に到底想像もつかないおぞまし

い事実が隠されているからに違いない。それ

は今、結城が目の当たりにした事実と重なる

のだ。


 の住人の一部、いやかなり多く

の人々には確かにづらと呼ばれる特

徴が見られる。結城はにも足を踏

み入れてみた。そこは数年前にほぼ全焼して

いたが、少しだけ残されている建物を見ても

この街がかなり寂れていたことを思わせた。

バスは火災後無くなってしまっていたので、

タクシーを頼もうとしたが、どのタクシーも

行き先をと云うと断られてしまっ

た。仕方なしにレンタカーを運転して自分で

向かった。街が近づくにつれて何かしら異様

な臭いが漂ってきた。漁村特有の磯の臭いに

似ているがとても比較できるような臭いでは

なかった。ハンカチで鼻を押さえなければ十

分といられない。ドラックストアのような店

が一軒、半分ほど焼け残っている。すぐ近く

にギルマンホテルと看板はすすけているが簡

易ホテルのような建物も半分以上残っていた。

どうやら海に近づくほどひどく焼けてしまっ

ているようだ。


 教会のような建物もあった。建物そのもの

はほぼ全焼している。少しあたりを歩いてみ

た。すると地下に降りていくための階段のよ

うな入り口を瓦礫の下に見つけた。結城はど

うしてもその下を見てみたくなった。しかし

懐中電灯もない今、とりあえずは断念するし

かなかった。この場所は多分秘密教団

の教会があった場所のはずだ。結城は一度

に戻って装備を整えた上で再び

を訪れることにしたのだった。



 翌日の朝、懐中電灯、ロープ、拳銃は手に

入らなかったので警棒のような物、シャベル、

手袋など考え付くものを揃えて結城良彦は再

に戻って来た。瓦礫の山になっ

ている教会のような建物の中に地下に降りる

階段を見つけたからだ。綾野祐介から渡され

た本の中にいくつか廃墟や教会跡で禁断の

覯書こうしょを見つけるパターンがあった。何かが発

見できるかもしれない。


 少し階段を降りて行くとしばらく廊下のよ

うなものが続いた。部屋のドアがいくつかあ

るのだが瓦礫に埋もれている。人間の力では

どうしようもない量だった。仕方なしに結城

は先に進むことにした。奥にはさらに下に降

りる階段があった。そこを降りようとした時

だった。


「そこで何をしている?」


 英語で話しかけてきたのは黒ずくめで闇に

溶け込んでいるかのような男だった。


 男の名前はリチャード=レイといった。話

をしてみるとどうも目的は結城と同じで何か

本の類が残されていないか探しにきたのだ。

お互い盗掘のような立場を確認しあって協力

関係を結ぶことに成功した。リチャードは祖

父の代からの邪神ハンター(こう呼んでほし

い、というのがリチャードの希望だった。そ

れが正式な呼称なのかどうか結城には判別が

つかなかったが。)らしい。その活動をする

中で稀覯書きこうしょにはとても有効な手段が記載され

ているというのだ。成果は共有する、という

条件で二人は階下へと進んでいった。


 下の階へ続く階段は緩やかではあったが長

いものだった。元の協会の位置からはかなり

ずれているに違いない。右へ左へ少しずつ曲

がったりしているのでどちらの方向を向いて

階段が続いているのか、既によくわからなく

なっていた。


 降りていくにつれて何か地響きのようなも

のが聞こえてきた。


「う~~~。」


 何かのうめき声にしても決して人間のそれ

ではない、と感じさせる。


「リチャードさん、あれは?」


「いや、私にも理解できない。あれは人間の

発する音ではないな。」


 リチャードも結城と同様に感じているよう

だ。人間ではない、何か別のものだと。


 リチャードは拳銃を持っている。それを頼

りに二人は更に進んでいくのだった。


 しばらく進むにつれて声、いや叫びとでも

言おうか、は大きくなっていった。ただより

不明瞭なものになっている。人間のうめき声

に近い。だが、こんなうめき声をあげる人を

想像できない。それと悪臭が漂ってきた。マ

スク無しではかなり辛くなってきている。ジ

ャラ、ジャラと何か鎖でも引きづる様な音も

聞こえる。


「いったい何がいるのでしょうか。」


 結城良彦はあまりにも不安になってリチャ

ードを振り返った。だが、その答えは彼も持

ち合わせていないようだ。表情がそれを告げ

ていた。


 少し広くなっている場所に出た。感覚で言

うともうそろそろ海に近いはずだ。方向と距離

を間違えていないならば。


「あ、あそこに何かあります。」


 そこには井戸のようなものがあった。重そ

うな鉄のふたが掛けられている。二人掛りでな

んとかふたを降ろした途端、さっきまで聞こえ

ていた声が止んだ。


「この中に何かがいるようだね。」


 こんな場面に慣れているのかリチャードは

冷静に言った。


「なっ、何かって何でしょうか?」


 結城の言葉は無視された。リチャードは懐

中電灯を穴の下に向けてみた。


 その中のものは突然明かりを向けられてパ

ニックになったように突然叫びだした。4~

5mほどの穴の下に何かがうごめいている。大き

さとしてはほぼ人のようだが、人というには

それはおぞましい生き物だった。


 人と魚の雑種とでも言えばいいのか。まぶた

ない開いたままのむき出しの眼球。指の間に

は明らかに水掻きがあった。歯はほぼすべて

が犬歯のように尖っている。皮膚は鱗に覆わ

れているようだ。よく見えないが背中にはひれ

のようなものがあるのかもしれない。とても

人語を解せるようには見えない。


「あれはいったい何なのですか?」


の成れの果てだろうね。なに

かの罰なのか、ここに閉じ込められていてそ

のまま忘れられてしまったようだ。」


 の眷属だそう

だ。結城にとってはつい最近手に入れた情報

ではあるが、多少のことは理解できた。ただ、

どうも小説と現実の区別がつきにくくなって

いる。あくまでただの小説の中の話であって、

現実のこととは思えないのだ。しかし、今目

の前でうごめいている物体は確かに結城が読んだ

本に出てくるものから想像できるものだ。


 それは数年前に放置されていまだ生き続け

ている。元々人間であったとしても、最早到

底人間とは呼べないものだ。


「こいつはとりあえずここに置いて行こう。」


 二人掛りでまたふたをして結城良彦とリチャ

ード=レイは先に進むことにした。ここから

出た後でリチャードが然るべき組織に連絡を

してあのは回収することにした。



 更に先へと進むと少し広い場所に出た。そ

こには奥に続く通路と木製のドアがひとつあ

った。ドアには鍵が掛かっている。今持って

いる道具では開けられないようだ。


「どうします、リチャードさん。」


「仕方ありませんね、少し手荒になりますが

開けてみましょう。」


 リチャードはそう言うと拳銃で鍵の部分を

打ち抜いた。ドアはすぐに開いた。


「入ってみましょう。」


 その声は結城良彦のものではなかった。リ

チャード=レイのものでもない。もう一人の

声だった。

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