第3話 急な海外出張の命令
社に戻ると編集長からすぐに声がかかった。
「結城、どこ行ってたんだ。本社から呼び出
しだ、すぐに東京に飛べ。」
「えっ、でも今からすぐにですか、もう8時
ですけど。」
「そんなこと知るか、とにかく今すぐ、大至
急だ。本社の郷田局長のところに行けば判る
そうだ。」
何がなんだか判らないままに結城良彦は新
幹線に乗り込んだのだった。
ほぼ真夜中に本社に着いた時には当然のよ
うに郷田局長は不在だった。仕方なしに宿直
室にもぐりこんだ結城だった。
翌日9時に出社してくるはずの郷田局長を
待っていたが、いつまで待っても局長は出社
しなかった。
「郷田局長はどうされたんでしょうか。」
不思議に思った結城が尋ねてみると、
「結城良彦さんですね、郷田局長からの伝言
を承っております。自分が出社するまで待機
して置くように、とのことでした。」
それならそうと早く言っていれればいいも
のを、結城が尋ねるまで誰も結城に声を掛け
てはくれなかった。そして、そう伝えてくれ
た女子職員もそれ以上結城にどこで待つよう
になどとは指示してくれる様子は無かった。
結城は自分の会社なのに疎外感に見舞われた。
ここでは異邦人だった。前に本社勤務だった
時には感じられなかった感覚だ。一度地方に
跳ばされた人間は皆このような疎外感を感じ
るのだろうか。それともここは特別な場所な
のか。結城には判断が付かなかった。
時間つぶしに佐々木伸介に連絡を取ろうと
してみた。資料室に配属されている、とのこ
とだった。局長室にいつまでも居る訳にもい
かないので直接資料室を訪ねてみた。
「あの、佐々木伸介さんはいらっしゃいます
か?」
「あなたは?」
「京都支局の結城良彦といいます。前は本社
の政治部にいました。資料室にも何度も来た
ことがありますが。」
応対に出た女子職員は見覚えが無かった。
他に見渡してみたが、見知った顔は誰も居な
い。半年やそこらで全員入れ替わってしまっ
たのだろうか。
「そうですか、生憎佐々木室長は長期休暇に
入っておられます。なんでもどこか海外で過
ごしておられるとかで私どもも連絡は取れな
いのですが、何か急用でも?」
「長期休暇?最近転属になったばかりですよ
ね。」
「ええ、去年の秋にここにいらしたばかりで
すが、なんでも前から計画なさっておられた
ようで。」
「そうですか、いや、急用ではないんで結構
です。できれば出社されましたらこの電話番
号に連絡をしてもらってください。」
どうしても例の事件の関係者には連絡が取
れないようだ。何かの意思を感じる。かなり
大きな意思だ。
相変わらず郷田局長は出社していないこと
を確認した結城は適当に場所を見つけて綾野
祐介から渡された本を読み出した。
それは不思議な話だった。ある種の神話の
ようだがただ言い伝えられている実体のない
物語としての伝説ではなく今も脈々と続いて
いる生きた伝説なのだ。封印された神々。神
々と呼ぶことが妥当かどうかは別として、そ
れは神、または邪神としか表現できない混沌、
概念としての悪意、破壊衝動の塊、遥か遠宇
宙より飛来した原初の生物。
それらはあるものは封印され、知能や能力
を奪われ、ただ復活の日を待っている。そし
て、その日を一日でも早めようとする眷属や
人間の
そんな話の連続だった。物語としては多少
興味が湧かない訳ではないが、あまりにも荒
唐無稽だ。綾野はこれを事実として信じろ、
というのだろうか。邪神たちがその封印を解
かれようとしているのだと。
その日、結局郷田局長は出社せず、連絡も
無かった。
翌日、やっと郷田局長に会うことが出来た
のだが、そこで聞かされたことは思いもよら
ないことだった。
「私にアメリカに行けと仰るのですか?」
「それ以外に聞こえたかね。」
「いいえ、確認したまでです。ただ、理由を
聞かせていただけませんでしょうか。あまり
にも突然ですので。」
「いいだろう。君が最近関わりを持ったこと
に起因するのだよ。報道管制が引かれたこと
も含めてな。」
「私が関わったこと?」
「そうだ。君は最近、滋賀県で起こった墓場
荒らしの件を内密に追っていただろう。」
会社にはとっくの昔にばれていたのだ。そ
のうえ、本社の局長まで報告が行っていたと
は。
「その件はある筋からの圧力で第二報が出せ
なくなったのだ。だから君がいくら取材して
もその記事は掲載されることはない。そして
その後に君が訪ねた琵琶湖大学の生徒のこと
だが、その件についても圧力がかかっている。
あの場所で行われたのはあくまで映画の撮影
であった、ということだ。」
「それはどちらも同じルートの圧力なのです
か?」
「うちに直接言って来たのは同じだが、その
元はどうも違うようだな。ただ、どちらでも
同じ、というような類のものらしい。」
「と言いますと。」
「アメリカだよ、アメリカ。あそこが日本政
府に圧力をかけてきたのだ。」
話がだんだん大きくなってきた。
「それで私にアメリカに行けと?」
「いや、それは違う。君には東海岸のある小
さな街に行ってもらいたいのだ。そこで今回
の圧力の原型となっていることを調べてきて
ほしい。」
「ある小さな街?ですか。」
「アーカム、という街だ。」
それは昨日読んだ本に頻繁に出てくる街の
名前だった。
「アーカム、って実在するのですか?」
「小説の中の話、とでも思っていたのかね。
アーカムもインスマスもミスカトニック大学
もあるからこそ君に行ってもらうのだ。」
郷田局長は結城良彦が綾野祐介から借りて
読んだ本で得た知識以上のものを既に得てい
るようだ。そしてそれを現実のことと認識し
ている。
「あの神話が実話だと思っておられるのです
か?」
「現実なのだよ、だからこそ圧力がかかるの
だ。だが私は自分の知らないところで事が進
められているのは許せない。事実を把握した
うえで報道管制されるのならまだましだだが、
今回の件は謎が多すぎる。それでほっておく
と社としては
した、という訳だ。」
こうして結城良彦は、うえからの圧力が気
に入らない郷田局長の、どちらかといえば単
なるわがままのためにアメリカに渡る事にな
った。綾野祐介に借りた本はそのまま返せず
終いだった。
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