第2話 記事の追跡

 結城良彦は琵琶湖大学の学生寮に枷村忠志

を訪ねた。幸い寮に戻ったばかりだった。


「ああ、あの時の事ですか。いいですよ、で

もあまり誰も信用してくれないんですけど、

そんな話で良ければお話しますよ。」


 枷村忠志は投げやりではあったが協力的に

話をしてくれた。どうも周囲の友達などには

夢でも見たのだろうと相手にしてもらえなか

ったようだ。


 枷村の話によると久しぶりに実家に帰る途

中に通りかがったときに目撃したらしい。初

めは音で気がついた。戦闘機の爆音は棲ざま

しいものがある。空を見上げてみると確かに

戦闘機が編隊で飛んでいった。自分が向かう

方向なので何気なくそのまま車を走らせてみ

ると、今度は爆発音が聞こえた。琵琶湖に向

かって爆撃をしているようだった。恐る恐る

その現場へと近づいてみると確かに自衛隊機

とアメリカ空軍機が何か琵琶湖に浮かんでい

る島のようなものに向かってミサイルのよう

なものを撃ち込んでいた。枷村も最初は映画

の撮影だとおもったらしい。だが、爆発はど

う見ても本物に見えた。そしてその爆発の中

心に居るもの、物体はほんの一瞬垣間見ただ

けだったが、とてもこの世のものとは思えな

いグロテスクな怪物だった。数知れない触手

のようなものがうごめいていた。その怪物が

見えなくなったかと思うと島のようなものが

音をたてて沈んでいったのだ。セットには見

えなかった。本物とすれば自分の目が信じら

れない気持ちだった。


 戦闘機たちが飛び去ったあと、少しの間様

子を見ていたら、数台の車が通り過ぎていっ

た。その中の一台に枷村は見知った顔を見た

のだ。それは学部は違うが同学年の岡本浩太

という同じ琵琶湖大学の学生だった。


「その岡本くんには話をしてみたのかな。」


「ええ、でも他のみんなと同じように夢でも

見たんだろうって言われちゃいました。第一

そんなところには行ったことがない、って言

われて。でもあれは確かに岡本だったんで

す。」


「その子とは親しいのかい?」


「いいえ、そうじゃないんですけどちょっと

したことで顔を覚えていたもんですから。」


「ちょっとしたこと、というと?」


「プライベートなことまでお話しなければい

けませんか?」


「いや、そんなことはないよ、悪いね、今の

話はなかったことにしてくれたまえ。」


「とにかく岡本浩太の顔は知っていたもので

すから、間違いありません。ただ、あなたも

僕が夢を見ていたと仰るのでしたらこれ以上

お話することはありませんけどね。」


「いや、実は最初はそうとも思ったのだけれ

ど、どうも何かが起こったような形跡もある

ようだし、一概に夢と決め付けられないと思

っているんだよ。だからこそここまで君に会

いに来たのから。」


「なるほど、では他に何がお聞きになりたい

のですか?」


「君の話より、」


「ああ、岡本浩太を紹介して欲しいのですね、

分かりました、多分今日は授業に来ているは

ずですから、綾野先生のところにいけば会え

ると思いますよ。」


「綾野先生とは?」


「伝承学部の講師です。岡本の伯父さんと綾

野先生が帝都大学の同級生だったとか。それ

で親しくしているみたいです。教室か講師控

室にご案内しますよ。」



 結城良彦は早速教えられた講師控え室に綾

野という講師を訪ねてみた。意に反してそこ

には岡本浩太は不在のようだったが、当の綾

野本人は在室していた。


「すいません、綾野先生ですか?」


「そうですけど、あなたは?」


 結城は身分と訪ねた目的を手短に話した。


「それで岡本浩太に話を聞こうと云う訳です

ね。それは枷村君に担がれましたね。岡本君

は枷村君からその話を聞かされたと云ってい

ましたけど全然心当たりがない、とぼやいて

いましたから。」


「そうですか、でもあの場所で何かが起こっ

たことは確かなようなのですが。不自然な穴

も空いてましたから。」


「不自然な穴?」


「ええ、湖岸に近いところに結構大きな穴が

空いていました。何かの儀式が行われたよう

な祭壇らしきものもありました。」


「危ないな、まだ埋めてなかったのか。」


「えっ、今まだって仰いました?」


 結城は綾野の呟きを聞き逃さなかった。


「いっいや、危ないなと云っただけですよ。」


「確かにまだ、と仰いましたよ、綾野先生、

あなたもあの場所に行ったことがあるのです

ね。」


 綾野はあからさまに「しまった」という顔

になった。記事にしないというのなら、とい

う前置きが普通付くのだが、綾野は別の条件

を出した。二度とこの件に関わらない、とい

うのなら話してくれる、と言うのだった。


「それはどういう意味ですか。」


「あなたのためを思って、という意味です。

あなたも自分の身は大切でしょうから。」


「何かの危険があると?」


「お話しするにはリスクがある、ということ

ですよ。」


「私は新聞記者ですよ、取材にはリスクは付

き物です。そんな話ならぜひお話いただけま

せんか。」


 綾野の思惑は外れた。新聞記者がそんなネ

タを逃すはずはないからだ。


「ただ、私の話の前に、そうですね、これと

これと、それからこれぐらいかな、この程度

の本を読んで予備知識を得てからきてくださ

い。それが最低条件です。」


 綾野が差し出したのは数冊の古ぼけた本だ

った。


「それが条件でしたら、これを読めばすぐに

話して下さるのですね。」


「いえもうひとつ、この本を読んでその内容

を信じられたらお話します。」


 どうしても譲れない、綾野の表情はそう物

語っていた。結城良彦は仕方なしに数冊の本

を手にその場を後にした。

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