Another Story(クトゥルーの復活第4章)

綾野祐介

第1話 もみ消された記事

 その記事は全国紙に第一報が掲載された後

続報が一切掲載されなかった。

というのは火葬が主流になった現代にはほと

んど見られない犯罪なので、本来なら詳しく

続報が出るはずだった。ところが、滋賀県の

湖西地方で起こったこの事件は一切闇に葬ら

れてしまったのだ。誤報である、という記事

も出なかったのは、誤報ではなかった、とい

うことではないのだろうか。なぜその事件の

続報が出なかったのか。結城良彦は妙に気に

かかった。


 結城は本来東京本社で政治記者をしている

はずだった。ある事件がきっかけで関西に跳ば

されて京都府警詰めの事件記者を去年の秋か

ら命じられたのだった。事件記者を目指して

いる者も数多く新聞社には居るのだが、結城

は政治記者になりたかった。その夢がかなった

矢先にある政治家の収賄事件を追っていた結

城に上層部からストップが掛かった。取引が

あったのだ。結城は信じられなかった。日本

で一、二を争う新聞社が裏取引で政治的スキ

ャンダルをもみ消したのだ。日常的に行われ

ている、とは聞いていたが政治記者になった

途端に自らに火の粉が降りかかってくるとは

思っていなかった。結局結城はその件で京都

に転勤になってしまった。結城は滋賀県出身

だったので、地元に近い支局に転属されるの

は本人に配慮してのことだと説明されたが、

そんな話はとても本当のことには聞こえなか

った。多分そう伝えた上司も同じように思っ

ていたことだろう。しかし、かばったりしては

くれなかったのだ。


 の記事は自分の担当ではなかっ

たので詳しくは知らなかったのだが、その記

事を書いた、同じ京都支社の先輩で滋賀県も

担当していた佐々木伸介に事件の詳細を聞こ

うとした矢先に佐々木は本社に転属になって

しまった。朝結城が出社してみると佐々木が

居ないので聞いてみたら今日付けて転勤した

と教えられたのだ。昨日まで全くそんな話は

聞いていなかったので上司にそういうと、


「ここからさらに遠くに転勤したいか?」


と言われた。佐々木の転勤も含めて何らかの

圧力が掛かったのだ。結城は腹立たしかった。

自らを地方に追いやり、今度は逆に佐々木を

東京へと追いやってまで真実を隠そうとする。

これが新聞社の実態なのか。


 一度は圧力に屈した結城だったが、今度は

それを跳ね除けようと考えた。事件の真相を

追うのだ。早速東京に行ってしまった佐々木

に連絡を取ろうとしたのだが、駄目だった。

不在、不在、不在。何度電話しても同じ答え

だった。携帯電話の番号も変えてしまってい

る。新しい番号は同じ社員とはいえ教えても

らえなかった。


 仕方なしに結城は当事者に直接取材してみ

ることにした。まずはの犯人を捕

まえた警官に連絡を取ろうとした。小さな駐

在所の巡査だったのだが、この男も既にどこ

かに転勤した後だった。住み込みの駐在所に

は別の巡査が引越ししてきていた。県警に問

い合わせてみたが、赴任先は回答してもらえ

なかった。徹底的に事件を消してしまうつも

りだ。かなり大きな力を持った人間、又は組

織の仕業しわざのようだ。結城は俄然燃えてきた。

こうなったら徹底的に調べてやろう、そう決

意したのだった。



 結城良彦はまず、現場を訪ねてみた。第一

報の記事しか手がかりが無いので、その内容

といえば大まかなが行われた場所

と犯人の風体ふうていだけだった。比良山中のその場

所は未だ土葬の習慣の残る集落だった。被害

者、というか遺体の主は交通事故で無くなっ

た夫婦だった。子供は無く兄がひとり、その

集落に住んでいる。結城はその兄を訪ねた。


「ああ、そんなことがあったとは聞いている

が、別に詳しいことは聞いてないな。今頃何

を調べているんじゃ?」


「でも、あなたの弟夫婦の遺体が盗まれると

ころだったんじゃないですか。」


「いや、それは違うな。確かに一度掘り返し

て洋二郎、ああ、洋二郎というのが弟の名前

だが、その洋二郎と嫁の佐知子の遺体は一時

研究所に運ばれて何かの検査をしていたんじ

ゃ。その後、またもとの通りに戻そうとして

いたところを駐在に勘違いされて墓場荒らし

とかいうような記事が新聞に載ってしまった

わけじゃな。私にはいい迷惑じゃったわ。こ

ちらは了解していたことなのにな。」


 話が大きく違うようだ。は誤報

だったのか。ではなぜ誤報である旨の記事が

掲載されなかったのだろう。関係者の急な移

動も腑に落ちない。裏に何かあるはずだ。


「そうでしたか、ではではなかっ

たわけですね。それではその研究所のことを

お聞かせいただけませんか。」


「研究所?ああ、確か外国のなんとかいう名

前だったが、忘れてしもうたなぁ。」


「では一体何の調査のために弟さん達のいっ

たん埋葬した遺体を掘り起していったのでし

ょう。」


「なんでも特殊な病原体が見つかったとか何

とか言っておったが。いや、あまり詳しくは

聞かなんだで。」


「その程度の説明で弟さんたちの遺体を渡し

たんですか?」


「いや、それは・・。」


 どうもかなりの金額を掴まされたようだ。

口に出しては言わないが、態度にははっきり

と出ていた。結局この男からは何の情報も得

られなかった。結城良彦の調査は一旦ここで

終わってしまったのだった。



 ところが、このの現場近くで多

少の聞き込みをしていた時のことである。あ

る住人から妙な噂を仕入れた。なんでも琵琶

湖岸近くの別荘地で最近大規模な空襲のよう

なものがあったらしい。近隣には映画の撮影

だと知らされていたのだが、偶然見た人には

とても映画には見えなかったようだ。本物の

怪物に向かって自衛隊機やなんとアメリカ空

軍機が実弾を発砲していた、というのだ。な

んとも子供じみた噂話ではあるが、妙な人た

ちが住み着いていたその別荘地が、撮影の後

無人になってしまったことは事実のようだ。

具体的な場所を聞いて結城は向かってみた。


 確かにそこには無人の別荘地が存在した。

ただ、最近まで人が住んでいた様子もほとん

ど無かった。ただ一軒の家に表札がかかって

いた。


田胡たご


 とあった。誰かが住んでいる様子は無い。


 その家と湖岸の間に大きな穴が開いていた。

三十メーター四方はあるだろうか。転落防止

のためか柵をしてロープが張り巡らされてい

た。ちょうどこのあたりの湖岸に神殿のよう

なものがあり、それに向かって実弾が発砲さ

れていたというのだ。ところが、その辺りに

は神殿などが作られていた形跡はない。映画

のセットを撤収しただけならば、後は残るは

ずも無かった。


「多分こんなことだろうと思ったんだ。」


 予想されたとおりになっただけだったので

結城はそんなに気落ちした訳ではなかった。

怪獣だの米空軍が実弾を発砲していただの、

信じられる話ではない。当然そんな新聞記事

も出ていなかった。


 ただ、帰ろうとした結城は車の中でふと気

になったことがあった。たしかこの話をして

くれた人は自分の息子が見た話だといってい

た。見知った人がその現場にいたかのような

話もしていたのではなかったか。あまりの突

拍子も無い話にそのあたりの確認もせずとり

あえず現場に来ただけだったのだ。


 結城は話を聞いた人のところへと戻ってみ

た。幸い先ほどの農地で作業を続けて入れて

いた。連絡先も聞いていなかったことを改め

て思い出し、ほっとした結城だった。


「さっきはすいませんでした。」


「ああ、見にいかはったんやね。で、どうで

した。」


「確かに無人の別荘地はあったんですが、ど

うもお話のようなことがあった痕跡は見当た

りませんでした。それで、もうちょっと詳し

い話をお聞きしたいと思いまして。確か息子

さんが目撃されたんでしたよね。」


「そうや、息子の忠志が血相欠いて戻るなり

大変な騒ぎやった。でもあいつは学生寮に入

っとるで今はおらへんで。彦根に居るんや、

琵琶湖大学知っとるやろ、そこで何でも地震

の研究してるらしいわ。そっちに行ったら話

し聞けるかも知れんな。」


「分かりました、枷村忠志さんでしたよね、

そっちの方に回ってみます。」


 とりあえず気にかかったことは解決しない

と収まらないので枷村忠志に会うために彦根

に向かう結城だった。

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