第7話 桂田利明の動向

「それはハイドラに違いない。」


 クリストファー=レイモスがヴーアミタド

レス山の洞窟での出来事をナイ神父に報告す

ると、神父はそう言った。


「ダゴン、ハイドラのハイドラですか。」


「そうだ。ダゴンは今、非活動期に入ってい

る。ダゴンにとってはお前達の言う妻のよう

な存在だ。実際にはかなり違うのだがな。そ

れにしてもその桂田という者の動向が見もの

だな。それと綾野、岡本ではない二人の件も

気にかかる。監視するべきだ。どちらかをお

前が直接監視するのだ。別の方を火野にやら

せる。」


 火野将兵は最近星の智慧派に入ってきた日

本人だ。ナイ神父はいたくお気に入りらしく

仕事を直接命じることが多い。極東支部長の

新城は全く無視されている。クリストファー

にとってはどうでもいいことであった。風間

真知子という若い火野よりも更に若い女性を

いつも連れ歩いている。一人で仕事をする事

になれているクリストファーには理解できな

かった。同伴者、それも異性の同伴者など煩

わしいだけだ。


 クリストファーは桂田利明を、火野達は後

で調べたのだが綾野祐介と同じ琵琶湖大学の

生物学教授である新山晴信を監視することに

なった。


 病院に運ばれた桂田利明は様々な検査を受

けていた。クリストファーがアンチクトゥル

ー協会から得た岡本浩太のDNAデータと同

じような結果が出ているのだろうか。


 クリストファーが桂田利明を監視しだして

から数日が過ぎ、検査データを得る手段を画

策していたときだった。病院から桂田利明本

人がふらふらと出てきた。運ばれた時には自

分では到底歩けない状態だったのだが、ある

程度回復したのだろ。クリストファーは一人

で出て行く桂田を不審に思いながらも後をつ

けた。


 覚束ない足取りで、ただ何処に行こうとし

ているのかは確りと判っているかのような桂

田は病人とは思えないほど長い距離を歩き続

けた。ただその速さは大人のそれとは比較に

ならないほど遅かった。歩くことに慣れてい

ないかのようだ。


 やがて目的地に着いた。それは桂田利明の

アパートだった。クリストファーは前に調べ

たことがあったのですぐ理解した。


(なんだ、自室にも戻りたかっただけなの

か。)


 部屋に入った桂田をまた監視しだしたとき

だった。


「ぐっうぉー。」


 何かに取り付かれたような叫び声が部屋の

中から聞こえてきた。ただ事ではなさそうだ。

暫く迷ったクリストファーだったが、意を決

して部屋に入った。鍵はかかっていなかった。


「どうした。」


 踏み込んでみて唖然とした。桂田利明がの

た打ち回っている。


「どうしたんだ、大丈夫か?」


 返事ができるような状態ではなかった。病

院へ、とも思ったのだがクリストファーは直

ぐにナイ神父に指示を仰いだ。直ぐに迎えを

向かわせるので待て、との指示だった。


 そうこうしているうちに、桂田は少し落ち

着いてきた。息は絶え絶えだった。


「落ち着いて来たか。大丈夫か?」


 クリストファーは桂田をなんとか抱え起こ

してベッドに運んだ。意識は戻ったようだ。


「あなたは?」


「私の名前はクリストファー=レイモス。君

の叫び声を聴いて失礼だとは思ったのだが部

屋に入らせてもらった。」


 桂田利明は不審そうな顔をしなかった。ク

リストファーについても知っているかのよう

だ。


「もう大丈夫です。僕のことは知っておられ

るのですね。」


「ああ、正直に言うと病院から君をここまで

つけていたんだ。」


「判っていました。多分僕に知られずにつけ

ることは不可能だと思いますよ。そんな能力

を得た所為で僕は今死にかけているので

す。」


 ツァトゥグアに吸収されていた時間が最も

長かった桂田利明がツァトゥグアに侵食され

ていることは容易に想像できた。岡本浩太で

も3パーセント侵食されていたのだ。桂田は

その所為でツァトゥグアの能力を一部でも得

たというのか。


「体が溶けていくのです。比喩ではなく実感

として体がどろどろに溶けていってしまう。

心の中はもっと酷い状態なのです。自我とい

うものが侵食されている。自分の意志ではな

く話し、自分の意志ではなく行動している。

ただ意識だけははっきりしていたのですが、

この部屋に戻ったとたん意識の輪郭さえぼや

けてしまって劇薬で溶かされている感覚が体

中に広がったんです。実感として。」


 酷い経験をしたのだろう。話している間桂

田は頭を抱えたままだった。クリストファー

の正体に気付いているが話さずにはいられな

いのだ。


「詳しい話は神父と一緒に聞きましょう。」


 クリストファーは桂田利明を連れて東京の

極東支部に戻るのだった。

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