第5話 約束

 約束って言葉はあいまいだ。法的拘束力なるものがそれにあるわけではない。

守らなくてもべつにいい、たまに約束した相手が忘れている場合がある。

「遠い約束」が過去に何度過ぎ去ったことであろう。


「おーしまさーん」

マンションの前で掃除をしている老人がそれに気づく。

「ひめ~~~」

負けない大きな声で答える。

「と、婿殿か。」

は小さい声だった。

相変わらず孫弟子には厳しい大師匠である。

二人がマンションを再び訪れたのは木曜日のお昼過ぎであった。

「今日はどうしたんですか?平日なのに」

「今日はテストだったの。だから半日で終わったわ」

「その調子じゃあ。バッチリだったみたいで。」

フフフ、と亜里沙は微笑んだが、勇の目は死んでいた。

「今日は大島さんにお願いがあってきたの」

大島はすこしびっくりした。

「母の。母のカギのかかった引き出しを、見たいの。」

「お願い」

大島の顔が苦くなる。



伯父夫婦と勇との「ダブルデート」から帰ったあと亜里沙は再び封筒を眺めてみた。「立花 和可子さま」

達筆な文字だった。

母の写真の前で頭を下げると、封筒にペーパーナイフを入れる。

几帳面に三つ折りにされた手紙を中から出すとゆっくりと広げる。

「拝啓 暑い日が続きますが和可子さまにはいかがお過ごしでしょうか?

さて、貴女はあの約束を覚えているでしょうか?

覚えているならば来月28日、山下公園にお越しください。 

お体ご自愛くださいますよう。                 敬具

                        2013年6月吉日

                         宇喜多 秀一」

これだけが書かれていた。

全く意味が分からない。

とりあえず、宇喜多秀一という人物が約束をしていたことだけがわかる。

何の約束なんだろうか?

「結婚?」

最初に浮かんだのはこの二文字だった。

まさか。

と否定する。

とりあえず。「娘の責任」において宇喜多秀一なる人物と28日つまりは来週の日曜日会わなくてはいけない。

でもこれだけではわからない。

そこで「鍵の付いた引き出し」が重要なヒントになってくる。

次の日 学校でそのことを勇に話すと

「お金借りてたのかな?」

と色気のない返事が返ってきた。

「ほんっと。勇ってロマンがないわね。」

「約束なのよ。お金借りてたなら借用書があるでしょう。それに督促状が届くわよ」

「じゃあ、なんなんだよ。」

「わからない。。。」

亜里沙の声は小さかった。


そして今日マンションに来たのである。

大島の導きで部屋に行く。懐かしい道のりだった。

そして部屋の中に入った。

「あの時」と変わらない空気だった。

おもわず深呼吸した。

「母」の生きていた時の空気。

懐かしい。


母の部屋に入ると机の引き出しを開けてみた。

どの引き出しも整理されていて母の面影がみれた。

最後に、鍵の付いた引き出しを開けようとしたが、鍵がかかってあかない。

困っていると大島がそっと手を差し伸べた。

「お嬢様から預かっておりました。もしもの時にって」

掌の上にはちいさな鍵があった。鈴がついている。

それをじっと見つめた。

それをもらうと鍵穴に鍵を入れる。

ゆっくりとまわすとカチっと音がする。

自然と深呼吸をしている亜里沙がいた。


世の中には知らなくていいことがある。というのを亜里沙は知っている。

そして知ってはいけないこともあるというのも同様である。

それを今開ける。

ゆっくりと開ける。


亜里沙の心とは関係なく引き出しはスーと動いた。

中には、几帳面に整理された、手紙の束だった。

それを大事に取り出すと亜里沙は読み始めた。


手紙はだいぶ古いものだった。

男性の文字だ。

封筒の裏には「宇喜多秀一」と書かれている。

あの男性だ。

一番古い手紙(というのは年数ごとにファイリングされていて一番古いものが分かった)を読んでみる。

「はじめまして、宇喜多秀一といいます。今年高2になります。音楽が趣味で、ギターを弾いてます。和可子さんはどんな音楽を聴きますか?自分はビートルズとか洋楽が好きですけど、いい曲があったら教えてください。また手紙書きます。では」

つたない文章である。

文字もお世辞にもうまいとは言えない。とてもあの「宇喜多秀一」と同一人物とは思えなかった。

年数ごと読み進めていくうちに文字も綺麗になって文章の技術もあがっていく。

読んでいてわかったことは、二人がお互いを好きなことだけだった。

逢ったことがあるのか? 父親なのか?はわからなかった。

「約束」の事も。。。

手紙というものは半分の事しかわからない。つまりは相手に出した手紙は相手しか持っておらず、知っているのは書いた本人と受け取った人物だけだ。

おそらくはあの「約束」は母がしたのだろう。

すると、スーっと一枚の紙が下に落ちた。

勇がそれに気が付き取り上げる。

「すげー。イケメンだな~」と一言

それは写真だった。

「みせて」勇から取り上げると写真を見る。

写真に写っていたのは一人の男性だった。

勇が言ったように美男子だ。

勇よりもイケメンかもしれない。

写真の片隅に撮った日が印刷されていた。

今から12年前の物だった。

亜里沙の心にさざ波が立ってゆくのが分かった。


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