第2話 母の秘密
伯父の家は広かった。300年続く旧家で、なんでも先祖は大名だったらしい。
「わー、亜里沙ちゃん。」伯母の百合子の若い声が響いた。
百合子はたしか今年で29になる。伯父の義実は今年で43だから14歳差だった。「よさないか。ゆりちゃん。亜里沙はまだ辛いんだ」
「わかってるわよ。義くん。でもありさちゃんと暮らせるのがうれしくて。」
義実は苦い顔をする。「とりあえず、お母さんを仏間に移してあげよう」そういうと伯父は亜里沙を仏間に導いた。
仏間は家の中心にある。とはいえこの広い家のどこが中心なのか。亜里沙には分らなかった。
仏間には立派な仏壇が祭られている。
そこに母のお骨を置いた。
仏間には代々の遺影が飾られていた。
亜里沙の祖父義春と祖母千賀の遺影もあった。
母は亜里沙を身ごもった後、家を出た。
本来ならばお嬢様として何不自由なく暮らせたが、働きながら子供を育て、大学に進学した。
初めて祖父にあったのは12歳の時だった。祖父は厳しい人だ、と母に聞かされていたが優しいおじいちゃんだった。今思えば、娘に何もしてやれなかった「罪滅ぼし」だったのだろう。
その祖父も亜里沙が15の時に亡くなり、伯父義実が当主となった。
母は祖父の遺産は要らないといったが、伯父の計らいでマンションを買い、そこに親子二人で暮らした。
それも2年に満たなかった。とりあえず、マンションは親子で暮らした時のままにしてある。
仏間から居間に移ると百合子の手料理が待っていた。
「遠慮せずにたくさん食べてね」と百合子は微笑んだ。
翌日、母の遺産整理のため公認会計士の内田さんのもとへ伯父と向かった。
「お前ももう大人なんだ。」と伯父に諭されたからだ。
内田さんは母の教え子の一人で31歳になる。
「先生が、、」とティッシュペーパーの箱を抱えて泣いている。それはもう子供の様で、奥さんがあきれていた。
30分ほど大泣きしてなんとか遺産整理の話に移ることが出来た。
話としては「6年浪人して医学部に進学してもまだ余る」ほどの遺産だった。
遺産の管理は内田さんと伯父、それから母の同級生の高橋弁護士の3人で行うことになった。
書類の説明や記入などに時間がかかった。亜里沙は「生れてはじめて」というほど自分の名前を書いた。
それが終わったころ伯父が口を開いた。
「それからな」と言いながら通帳を出した。
「これはお前が生まれたとき、親父が始めた積立だ。」
見ると数百万ある。
「成人式の着物に使ってくれ。」
と差し出した。
内田さんはその話を聞くといそいでティッシュの箱を取ってまた泣き出した。
そんなことがあって学校は一週間ほど休んだ。
この一週間で亜里沙は億万長者とはいかないまでもお金持ちになった。
しかしお小遣いはいつも通りの1万円だ。
「お金がいるなら、言ってね。義くんにはナイショだけど」百合子さんはそう言ってくれたが、部活と勉強に忙しい高校二年生は一万円あれば一月何とかなった。
しばらく見なかった学校はいつもと変わりなかった。
いつも通り教室に向かうと親友の山田香が「ありさ~~~」といって駆け付けハグした。
「つらかったよね、泣いてもいいんだよ」
と抱きしめてくれたが正直「香の大きなおっぱい」に挟まれて苦しかった。
ほかの友達や先生たちも慰めてくれた。
友達とはありがたい。
一日の授業が終わり放課後、亜里沙は一人教室の窓から外を眺めている。
心地よい風が頬を伝う。
「よう」
後ろから声をかけたのはボーイフレンドの木村勇だ。
身長は決して高くないが鼻筋のすーと通ったイケメンだ。
「よう」亜里沙は返した。
「お前。大変だったな。こんな時、俺、、、なんにもできなくて」
「ううん。電話してくれたじゃない」
亜里沙の頬が赤くなる
「嬉しかった」
勇は鼻先を掻いた。
勇の存在は母親は知っていた。母に伝えた次の日曜日。おじいちゃん家にゆくと
その話題で持ち切りだった。
おじいちゃんとおじさんは怒っていたが、後日勇をつれていくと彼の態度に感心し「婿殿」と呼ばれるようになった。
今朝も「ゆうくんと久しぶりに会えるね」と百合子さんはいい「ひさしぶりに婿殿の顔が見たくなったな」と義実はこぼした。
「あのさ、次の日曜日、水族館でも遊びに行かないか?気晴らしに。。」
「ありがと」
亜里沙はそういうと勇にキスをした。
「や、やめろよ。学校で。。」
「いいじゃない、だって」
「だって?」
「校則に書いてないじゃない。学校でキスするなって」
「ま。まあな。」
勇はイケメンではあるが正直、亜里沙が初めての彼女であり、奥手だ。
付き合ってから手を握るのに半年かかった。
それも亜里沙が勇の手を引いたからである。
短いキスが終わった後亜里沙は言った。
「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど。。。」
「ああ」勇はぶっきらぼうな言い方をする。
二人が向かったのは親子二人で暮らしていたマンションだ。
母親あての手紙を見てきてくれないかと今朝伯父に頼まれたからだ。
マンションに行くとちょうど管理人さんが玄関を掃除していた。
「大島さ~~ん」と亜里沙が手を振ると管理人の大島も手を振った。
大島は70過ぎの老人であるがどう見ても60代に見える。
武道の心得があってマンション周辺に痴漢が出たとき、女装して捕まえた、なかなかの好々爺である。
「姫~~、」大島は亜里沙の事を「姫」と呼ぶ。
「と。婿殿」大島の声のトーンが下がり、勇が深々と頭を下げる。
「大変だったね。お嬢様の事。」お嬢様とは母の事である。
今にも泣きそうだった。
「こんな時こそ姫を守るんだぞ。婿殿」
「はい」
勇の顔がシュッとなる。
勇は剣道部に所属していて、大島の息子が経営している、「玄武館」という道場に小学生の時から通っていた。
つまりは「大師匠」となるわけである。
大島は掃除道具を片付けながら亜里沙たちを玄関に導いた。
「ところで姫どうしたんだい?遺品の整理かなにかかね?」
「今朝ね、伯父さんからお母さんあての手紙を見てきてって言われたの。」
「ああ」
大島はそういうと管理人室から箱を持ってきた。
「手紙はこれだけだよ。次からは届けてあげようか。若殿のうちにいるんだろ?」
若殿とは伯父義実のことである。なんでも大島の先祖は侍で亜里沙の先祖につかえていた。それで祖父の事を「殿様」伯父の事を「若殿」という。
「いいわ。ボディーガードもいるしね」
と勇をみる。
大島も見るがこれは姫を見る目とは違う。鋭い「さむらい」の目だ。
「お。おっす」
勇の背筋が伸びる。
亜里沙は渡された箱の中を見てみた。
ダイレクトメールがほとんどだったが、一通だけ見慣れない封筒があった。
「立花 和可子さま」
白い封筒におそらく万年筆で書かれたのであろう、インクのにおいがほのかに香った。
字体からして「男性」の文字であった。
裏には「宇喜多 秀一」と書かれていた。
知らない名前だった。
箱を受け取ると亜里沙たちは帰路についた
大島が見送る。
「誰なんだろう?」
と亜里沙の心のかたすみで思った。
亜里沙の知る限り、母は男性関係は無かった。
母はお酒も飲めなかったし、いつも定時に帰宅したから、遊びに行くこともなかった。男性の話も聞いたことがない。
「宇喜多 秀一」
もしかしたら母の「秘密」なのかもしれない。
そう思うとなぜか心が躍る。
足取りの軽い亜里沙を緊張から解放された勇が追う。
二人を夕暮れが包んでゆく。
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