恋文

若狭屋 真夏(九代目)

第1話 母の死

 熱い夏の日だった。母が死んだ。立花亜里沙は不思議と涙が流れなかった。

亜里沙は高校2年生。母の訃報を聞いたのはバスケ部の合宿の初日だった。

真夜中に顧問の柳田先生に呼ばれた。

「立花、、」

「言いにくいことなんだが、、、お母様が亡くなられた。交通事故だったらしい。。。今から飯田先生と一緒に戻りなさい。」

飯田先生とは亜里沙の担任でたまたま合宿に参加していた。去年から教職についた小柄な女性だ。年が近いので恋愛や進路の相談が気楽にできた。

飯田先生はすでに支度を終えていた。

飯田先生の運転で病院に向かう車内は重い空気が流れていた。

先生は何も話さなかった、話せかけられなかった、といってもいいだろう。

20分ほどで病院に着いた。

受付は先生が対応してくれた。

看護師さんに導かれて「霊安室」に向かった。

白い部屋にベッドが置かれ母がその上に寝ている。

母は寝ているようだった。今にも目を覚ます。しかしそれがないということを枕元にある花が教えてくれる。

「おかあ、さん」

亜里沙は一言言った。

飯田先生はその姿を見て亜里沙を抱きしめた。

「泣いて、いいのよ。立花さん。」

絞り出すように亜里沙の頬を一粒の涙が流れた。

それだけだった。

そこからは嵐のような日々だった。

母は17歳で亜里沙を産んだ。「未婚の母」だった。

父の顔を知らない、いや顔どころか名前さえ知らない。

喪主という仕事は決断の連続である。祭壇から料理、僧侶の手配等々だ。

しかし大抵の事は伯父夫婦が決めてくれた。

伯父は母の兄であり、やさしい人だった。

伯母は母よりも若く亜里沙とは気が合う。

二人には子供がいない。だから亜里沙を娘のようにかわいがっていた。

「お前は和可子の遺影だけもっていればいいからな。」伯父はそう言ってくれた。

和可子というのは母の名である。

それから、あっという間に母は骨になった。

母が燃やされてゆく煙を亜里沙は外から見つめていた。

「こんなとこにいたのか?」伯父が亜里沙を見つけた。

「伯父さん、、、いろいろありがとうございました。」

亜里沙は頭を下げる。

「いいんだ。気にするな。」

そういって亜里沙の頭をなでる。

「ところで、これからの事なんだが、、」

「うちに来ないか?」

「え?」

「べつに養子になれ、って言ってるわけじゃない。今まで通り学校に通って、大学に行ってみないか?」

伯父はお腹を掻いた。

「前な、和可子が言ってたんだ。私みたいに大学に通わせたいってな」

母は亜里沙を出産した後も勉強をして大学院にまで進み、大学の助教授に就いていた。

「お前も勉強好きなんだろう?」

亜里沙はうなずく。

「いい子だ」

いつも頭をなでてくれる伯父を亜里沙は昔から好きだった。

晴れ渡った空がいつの間にか曇りだし、次第に雨が激しくなる。

「涙雨、、か」

伯父はそういうと亜里沙の手を引いて葬儀場に戻る。

雨は止むことは無かった。

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