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夏の夜
第1話 それぞれの日常
西暦2099年 1月7日 午前3時24分
ー神奈川県 future creation社ー
殺風景な研究室にパソコンのキーボードの音が響く。
「で…できた……!」
できて当たり前だ。できてくれないとこの約20年で無くしたもの全てが無駄だったことになる。名誉も仕事も金も、そして家族も……
「少し寝るか…」
最近は何日前に寝ただろう。正月休み返上で働いていた。自分はまた、1年に一回しかこない正月休みを無くしてしまった。まぁ、しかし、今となってしまえば無くしたものなどなかったように思える。なにせ、これからこれまで無くしたもの全てが手に入るはずなのだから……
男性はパソコンの電源を切り、殺風景な研究室に唯一パソコン以外にあるものであるシングルベッドに体を任せた。
「さて。始めるか」
同日 午前7時48分
ー茨城県 Dマンションー
部屋中に目覚ましのベルが鳴り響く。
「う……ん……朝か……う~ん~~ん?ん!?」
ベッドで寝ていた女性は大きなベルのついたアナログの目覚まし時計を見るなり、被っていた布団を激しく蹴りあげた。
「遅刻するー!!!」
女性は起きた直後とは思えない機敏な動きでベッドから離れると、僅かな時間で支度を済ませ、朝ご飯も食べず、玄関のドアをこじ開け、マンションのエレベーターホールにダッシュで向かう。
そこに着くと、ちょうど一つのエレベーターの扉が開いていたが今にも閉められてしまいそうだった。
「ちょっと待って~~!!!」
間一髪!
見事ギリギリで!
乗車できなかった…
「も~~!」
女性は悔しそうにその場で地団駄を踏んだ。
しかしそんな事をしている暇はない。時間は刻々と過ぎていくのだ。
「仕方ない!」
女性はエレベーターホールの横にある階段をかけ降り始める。
ちなみにこのマンション45階建てで、女性の部屋は最上階にあった……
「部屋、一階に引っ越そうかな……」
同日 午前8時10分
ー茨城県 国立人工知能研究所 門沼研究室ー
たくさんの機械がある研究室で一人の男性がコーヒーを飲んでいた。
「うん。久しぶりに自分で豆から淹れてみたが、さすがインスタントとは違うな」
男性は満足そうにそう言って、ふと時計を見た。時計の針は8時14分を指していた。
「あいつ…また遅刻か…?」
この研究所の出勤時刻は8時15分。残り1分もない。
「………朝ご飯食べよ」
男性は自分の鞄からきのう買っておいた惣菜パンを取り出した。
ガラガラッ!バァン!!
研究室のドアが激しく開けられたかと思ったとほぼ同時に『キーンコーンカーンコーン』と、始業の合図がなった。
「セーーフ!あ!おはようございます‼ 門沼先生‼」
「あぁ、おはよう」
今日は、珍しく遅刻しなかった……のか?
門沼と呼ばれるその男性は、惣菜パンの袋を開けるのも忘れて、今さっき、横開きのドアをぶち壊すような勢いで入ってきた一人の女性に呆れたような顔で話しかけた。
「まったく。小渕はいつもギリギリか遅刻しかしてないな」
「イヤーソンナコトナイデスヨーw」
いつにもましてうざったらしい
まぁ、いいとしよう。今日は、遅刻しなかった(?)んだし。
「それより先生!今日は自己ベストですよ!マンションからここまで20分ですよ!凄くないですか!?」
「あぁ、20分は凄いな」
「ですよね!!」
「その力を使ってせめて俺よりはやくきてコーヒーくらいは淹れておいてほしいなぁ。
『助手モドキ君』」
門沼は出来る限りの皮肉を添えてそう言ってやった。
「何言ってるんですか。先生はコーヒー一杯で自分の人生終わらせたいんですか?」
あーそうだった。小渕はコーヒー淹れられないんだった。いや正確には淹れられるが、小渕が淹れるとコーヒーではない何かが完成してしまうらしい…
小渕が入社してすぐの頃、一度自分の研究論文の発表会があった。結構なお偉い様も出席する場で人手が足りず、小渕には飲み物出しを手伝ってもらった。もちろん研究論文は成功した。しかしその後、出席者のうち小渕の淹れたコーヒーを飲んだ人だけ頭痛、腹痛を訴え、少し騒ぎになったらしい……
この話は出席していた友人から最近聞いた。
小渕本人に聞いてもなぜコーヒーがあんな化学兵器に変貌したのかわからないらしい。
「先生!何、ほけ~~っとしてるんですか!仕事始めましょうよ。」
いや、今結構重要なこと考えてたんだが……
「はあ………始めるか……」
今日もまた、門沼研究室の長い1日が始まった。
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