たこちゅー。
清水円
第1話
「お母さん!たこさんがいるよ!」
幼稚園の帰り、娘のほのかが突然走り出した。
少し先で立ち止まったかと思うとそのまましゃがみこみ、何かを手こちらへ戻ってきた。
「何拾ってきたの?」
「たこさん!」
「あら、ほんと。可愛いたこちゅーね。」
娘の小さな手には赤ともオレンジともとれる、まさに“たこさんウィンナー”のような物がちょこんと乗っていた。
「たこちゅー?」
「そう、たこさんは口がこんな風にちゅーってしてるから、たこちゅー。」
私はおおげさな「う」の口を作ってみせた。
「それお母さんがポン太にちゅーする時の顔だ!」
ポン太はうちの猫で、ちょっと狸顔な我が家のアイドルだ。
「よく見てるのねぇ。でもほのかもするでしょー?」
「うん!ポン太ふわふわで可愛いもん!じゃあ、お母さんもほのかもたこちゅーだね!」
「ふふふ、そうかもね。」
そうやって二人で笑いながら、家の近くにある公園へと足を向けた。
娘は例のたこさんウィンナーを持ったまま砂場で遊んだり、私に預けてブランコに乗ったりしていた。
「優しく持っててね!」と念を押され、恭しく手のひらに立たせて眺めていた。
そもそもこれ、何なのかしら?
足と思われる部分はさすがに8本とは言わないが、4~5本と言ったところか、それなりにたこの足に見える。
口こそないものの頭は少し丸みがあって、少しだけ細長い印象だ。
指人形のように遊べるのかと思いひっくり返してみると、足の付け根とでも言うのか、そのあたりから早々に塞がっていた。
「ほんと、見事にたこさんウィンナーね。」
「あら、懐かしいわね。」
聞き覚えのある声がした。
「あ、園崎さん、こんにちは。」
「こんにちは。ほのかちゃんは今日も元気いっぱいね。」
アパートのお隣さんで、お裾分けをしてもらったり共働きの私達夫婦が忙しい時にはほのかのことを見ていてくれたり、何かとお世話になっている老婦人だった。
「それ、ほのかちゃんが拾ってきたの?」
「そうなんです。たこちゅーがいたって喜んでて。」
「私も小さい時分によく遊んでたわぁ。」
「これ、何だかご存知なんですか?」
「ええ、それね・・・」
私たちが話しているのに気が付いたのか、ほのかが駆け寄ってきた。
「園崎のおばあちゃん、こんにちは!」
「はい、こんにちは。」
すると私の手からたこさんウィンナーをひったくって、自慢げに園崎さんに見せた。
「見て!これ、ほのかがみつけたの!たこちゅーだよ!」
「ほのか、園崎さんね、たこちゅーの正体知ってるんだって!」
「ほんと!?」
私も聞きそびれてしまっていたので、親子揃って園崎さんを食い入るように見つめ、言葉を待った。
「ほのかちゃんは、柘榴って知ってるかしら?」
「ザクロ?」
「そう、柘榴っていう果物があるの。このたこちゅーはその子どもってところかしらね。」
「それ、美味しいの?」
果物と聞いて食い意地のはったほのかは目を輝かせた。
「美味しいわよぉ、甘くてね。それに一つ一つの実は小さいけどたくさんあって、赤くて綺麗な色をしているの。」
「このたこちゅーにも実、なる?」
「残念だけど、その子は大きくならないわねぇ。」
「そっかぁ・・・。」
ほのかがあまりに分かりやすくがっかりしたのを見て、園崎さんはこう付け足した。
「でも、その子はとっても素敵なお花のスカートを着ていたのよ。ほのかちゃんと公園にも来られたし、きっと喜んでいるわ。」
「ほんと?お花のスカート見たい!」
「明日、たこちゅー見つけたとこで探してみようか?」
今日はさすがに戻っている時間はないので、すかさず「明日」と念を押す。
意外にすんなり聞き入れてくれたようでたこちゅーと一緒にもうちょっと遊んでくると、ご機嫌で滑り台の方へ駆けていった。
「柘榴かぁ。初めて知りました。」
「帰り道、ほのかちゃんの興味が向いたことにはとことん付き合ってあげなさいね。お花でも虫でも動物でも、何でも。道草食うのって子ども時代の醍醐味ですもの。色んなものを、たくさん見せてあげて。」
「はい、肝に銘じておきます。」
お母さんにいっぱい教えてね、ほのか。
たこちゅー。 清水円 @Mondenkind
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