第8話


「いーつき」

「…なんだよ」

翌日大学へ行くと朝の挨拶より先にじとりと名前を呼ばれて戸惑う。上坂こうさかまもる、中学からの同級生だ。

「昨日駅前行ってた?」

「え?ああ、」


「あのイケメン誰だよ!!」

「……は」

うおおびびったあ、献血行ってんの見られたかと思った 献血のあとの清さんを見られてたのか。

「いや、イケメンっていうか美人?整ってたな」

「…うんすごく美人」

「なに、あの人姉ちゃんのともだち?」

「そんなかんじかなあ」

駅前だからそれなりに同じ大学のやつもいると思ったけどまさかまもるに見られるとは。



昨日、あれから契約書を提出しなければならないので、と早々に清さんは家を出た。

どこに住んでるとか、そういう話もしなかったし、周りにどう説明するかも相談してないからまだなんとも言えない。

「美人なひとはやっぱり目の保養になるよなあ」とぶつぶつ呟くまもるにも、もちろん話すことなどできない。


「あ、そういえば母さんがまた家来いって」

「わ、やったおばさんの料理美味しいからうれしいな」

「不摂生してんじゃないかって心配してんだよ。樹くん元気?やせてない?って 」

不摂生という言葉とまもるの裏声に苦笑がもれる。

「近いうちに伺うよ」

「うち来なくてもちゃんとめし食べろよ。作れないわけじゃないんだから」

「ひとりだと面倒くさくてね~」

痩せてるってのも間違いじゃないんだけど、食べてもそれが身体に反映されない性質なだけなのだ。それを聞いた女子に しばらくの間お菓子を供えられたりもした。

「じゃ、おれ今度行ってい?」

「おーいつでも…」

清さんがいつくるか聞いてからじゃないと 鉢合わせとかなったらまた面倒くさいな…

「おれからあいてる時連絡するよ」

言い直したおれに不思議そうな顔をしながらも 教室違うからとほかの友人と連れ立って教室を出ていく。


“今日は何時に伺ったらよろしいでしょうか?”

揺れた携帯に反応して確認したメールには清さんの馬鹿丁寧な文章。

おれも敬語が取れつつあるから清さんも敬語じゃなくていいと言えば 「樹さんは好きなようにしてくださってかまいませんよ」と穏やかに笑みを向けられてはぐらかされてしまった。

あのひと、よく笑うんだよな。

面白くて、とかじゃなくて こう。柔らかくてふわふわ〜みたいなの。しかもすっげえ綺麗、

色気がやばい。

血ぃ吸われたときなんか流し目でおれのこと見ながらで

もう、女の子にやったら絶対イチコロで…

と、思ってすぐに思い直す。

あぁ、あの人は女の人が苦手だ。反応がつまらない、慣れている様子の一夜限りの相手は総じて男性なのだろう。

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