第13話 『私(わたくし)では、少々役不足ではありますね』
『生物の原初衝動は欲望である』
龍は、その巨大な体躯から発せられた、胃腸をひっくり返すような、気味の悪い咆哮と共に、その場に居た全ての人間にそう語った。
『欲望を達成する為の手段こそが、闘争である』
「へぇ……こいつぁすげぇや。元の世界じゃドラゴンなんて腐るほど見てきたけど、ここまでおっきいのは初めてだよ。いつの間に、地球のテクノロジーは進化したんだい?」
刃物が空を切る音が聞こえた。
「貴様は黙っていろ。関わっている暇は無い」
『ラキスさん、頭を右に数ミリ逸らして』
ラキスは、耳に届いた通信音声に対し、脊髄反射的に頭を傾ける。その瞬間、ラキスの顔があった所を一陣の風が貫いた。
「なっ――」
彼が驚いた声を上げたとき、既に勝負は決まっていた。音を立てて、かつて人間だった肉塊が、その場に倒れる。
『ご協力有難うございます、ラキスさん』
地面に倒れたロゼの身体はぴくりとも動かない。その姿を見ながら、ラキス・ルベントは口笛を吹く。
「悪いな、神在月。無駄弾を撃たせちまった」
『いえ――これは想定内です』
寝そべった状態の神在月泉は、顔の前に置いてある無線機にそう告げながら、自分の腕と同じ長さのスナイパーライフルに、次の弾を装填する。
「サキチ。あと何発?」
「七。でも多分――間に合わない」
瞬間、神在月の腹部に強い痛み。同時に、眼前が三回転ほどした。
「――痛いじゃ、ないか。中々の腕だ、お金が取れそうだね」
同時に、通信機からラキスの声が切迫した聞こえてくる。
『神在月、気をつけろ! 死体が消えた!』
彼女はその声で全てを察し、両腕を発条のように使って身体を起こした。スナイパーライフルを投げ捨て、懐から拳銃を取り出す。
「
彼女が睨めたその先には、数十メートル先で頭を撃ち抜かれたロゼが、傷一つ無い姿で、不気味な笑顔を携えながら立っていた。
「ご明察。あなたは非常に聡明だが、友を思いやる心は無いようだね」
ガァン、と発砲音。
ロゼの左胸に穴が開く。しかし、血は出ない。
その代わり、彼女の数メートル後方から、か細い声が届く。
「イズ、逃げ――」
「いいえ。わたくし、敢えて見ないようにしていますの」
神在月は、後方で右肩を何かに撃ち抜かれ、倒れ込んでいる追儺幸には目もくれず、懐から何かを取り出すと、それを空中に放り投げた。
ややあってから、発砲音が二発。
「親友が傷つけられると――わたくし、少々、冷静ではいられなくなりますので」
彼女の元に雨が降り注ぐ。赤い紅い、血の雨。彼女が撃ち抜いたのは、血液袋。
そのどす黒い紅色が、金色の髪を、白く美しい顔を汚していく。
「私はあと何人あなたを殺せば、あなたの元へたどり着けますでしょうか?」
血に塗れた拳骨が、ロゼの顔面をはじき飛ばした。その威力や凄まじく、彼の首から下をその場に残したまま、刀で首を撥ねるような勢いであった。
「ああ、ああ、何と汚らわしい異名。
彼女の目の前で、ロゼの身体は一瞬で茶色く変色し、腐った木々の蔓が遺される。それをあざ笑うかのように、5メートル向こうのビルの二階から、彼がにこやかな笑顔でこちらに叫んできた。
「アンタも、いい感じに狂ってるんだな」
「はい、あなた以上に、とても。ですが僭越ながら申し上げさせて頂きますけど――」
神在月泉といえば、協会内では常にえびす顔。どれだけ恐ろしい事態が起きても、部屋の隅で微笑んでいるのが常だった。なので、ついにこういう噂まで沸いてきた。『神在月泉の目を見開かせたら死ぬ』と。
その彼女が今、自らの本気の能力を発揮させるために血を浴び、琥珀色の瞳を以てロゼを睨んでいた。
「――
つまるところ、ロゼはこの時点で惨たらしく死ぬのがジンクス的に決まってしまったのである。彼も、神在月さえも知らないまま。
†
「戦闘区域周辺の温度、氷点下に到達!」
報告を受けた樋場は続けざまに通信機へ指示を出す。
「総員は必ず防寒具を装備し、例外指示のない部隊は全員退避だ!」
その背後で、夜木斎は背後のドアノブに手を掛けながら、冗談めかした調子で樋場莉玖に話しかける。
「おい、樋場どうした? まさか――」
「私も出る。無論、真ん前に出張るつもりはないが」
「そうかい。御大将が必要な事態なんだな、やはり」
「あぁそうだ。そしてこれは――ようこそ我らの領域へ、という挨拶だ」
そう言って、彼女は指をパチンと鳴らす。
†
瞬間、世界が震えたような感覚が、その場に居た全員を包み込んだ。
「何だ!?」
ルルナリィが叫ぶのを、背後の桐生芽衣が冷静に解説する。
「樋場の攻撃。近くに行くとバラバラにされる」
その言葉通り、ヘッフェンラーグの野太い首、手足、そして腹に至るまで、あらゆる所がゆっくりとズレていくのが見えた。
「そんなん最初からやってくれよ! 便利すぎて他の奴らが無駄死にする所だったじゃねーか」
「違う。樋場は無駄なことはしない。これは、試行」
「試行、だぁ……?」
何を言っているんだこいつはと言いたげな表情でルルナリィが呆れてるのを余所に、樋場によって切断された龍の身体に変化が起き始める。
切断されて切り離されていたはずの身体の一部分が、ズレた位置で止まる。重力に逆らっているかのような光景に、その場に居た誰もが息を飲む。
『生と死は永劫なり。調停は必然なり。調停者に仇なす者、闘争の美しさを理解せぬ者、総て排除する』
頭の中に声を響かせながら、龍はその顎を大きく開いた。
「総指令! 龍の向く方向が、想定と四十一度異なります!」
「何だと!? あっちには――」
その、あっちの方向には――訳扇敬の入院している病院がある。
龍は何故か、術者の樋場莉玖ではなく、首を殆ど動かさずに真っ直ぐ、口を開いているのであった。
「無差別攻撃をする気か!? 冷静を気取りながら、やることはサル以下か!」
樋場は指を鳴らす。それによって、空中から無数の『厚さゼロのギロチン』が、龍の顔面目がけて叩き込まれるはずだった。
しかしそれは、先ほどとは異なり、龍の頭の部分でカチカチと空虚な音を立てるだけになってしまっていた。
「(一瞬で分析して硬質化! これはもう、ダメか――!)」
樋場がそう考えた瞬間。ヘッフェンラーグの大きな口の中から、白色の糸のような冷凍ブレスが、真っ直ぐに放たれた。
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